体験学習:呪術士(2)
呪術士の訓練に区切りがついたので、ココブキのところへ新しい課題をもらいに行く。
扉を開けて正面に見えるザル神像の足元には、今日も祈りを捧げる人々がいる。
「来世こそ幸せになりてぇだ…」
切実な祈りの横で、「豪華な葬儀にしたいんだ」「寄付ならいくらでも…」という生臭い話をしている信者もいる。彼らに対して、司祭はあくまで「ザル神に祈りを…」と言うのだ。後ろ暗いやりとりをするときの隠語かなと思ってしまう。私は金銭の絡んだ宗教行為を批判的な目で見がちだ。
像のそばにいて信者の祈りを見守っているヤヤロクというアルダネス聖櫃堂の司祭は、商神ナルザルについて教えてくれた。
「ナルザルとはエオルゼアで信仰を集める十二神の一柱であり、地底と商売を司る男神です。ナル神とザル神の双子の神として知られ、それぞれ異なる世界を見守っておられます…。ナル神は生者の世界を司り、現世利益をもたらし…ザル神は死者の世界を司り、来世利益をもたらします…。そこで我々ナル・ザル教団では、双子の神に愛され、現世から来世までの幸福を得るための方法を、信者の方々に説いているのです…」
片膝をついて祈りを捧げていた人は、現世の幸せを諦めて来世の幸せを願っているのだった。葬儀を豪華にしたい人は、来世への餞としたいのだろうか。
私は来世を望まないので、現世でよりよく生きたいなあ。
「ナル・ザル教団では、ミルバネス礼拝堂にナル神を、アルダネス聖櫃堂にザル神を祀っております…。ここ、アルダネス聖櫃堂はザル神の教会…。来世の幸福を願う者たちが、祈りに来る場所です…。隣にエラリグ墓地を併設しており、ザル神の御下に旅立つための葬儀の手配や、来世利益を得るためのお布施も受け付けております…」
前に呪術士ギルドと間違えて入ったのはエラリグ墓地だった。現世利益のミルバネス礼拝堂はどこにあるんだろう。今度行ってみよう。
前に少し話したママネにもまた声をかけてみる。
「ここ、アルダネス聖櫃堂では、死後の世界を司るザル神を祀っています。死後は皆、ザル神の御許に旅立ちます。そこでは、現世で積んだ徳が高い人ほど、より魂を安らげることができるのです。さぁ、あなたも我が教団に寄付をして徳を積み、すばらしき次の生のために、準備をしませんか?」
怖すぎるよ…。徳の積み方を善行などではなく、寄付と教えてしまっているところが駄目だと思う。具体的すぎて生臭坊主って感じだ。
Lv5.迫り来る危機
呪術士になってもお布施を強要する司祭とは関わりたくないなあと思いながら、ココブキの元へ行った。
「クックック…貴方の魔力が解放を求めている。さっそく試練を始めましょうかねぇ。今回からは、呪術士が陥る危機について、古の呪術士ゾーゾーマヤが書き記した書物…『呪術の深淵』に沿った試練を受けてもらいます」
ゾーゾーマヤが気になって事典に記載がないか探したのだけど、見つけられなかった。現実とは異なる文化を持つ世界の書物が、時代を経ても保存され利用されていることに現実とは違う意味を見出してしまう。
霊災が起こっても大切に伝えられて来た本の著者に興味が湧いた。
「書物を構成している四つの章で学ぶべきことは、敗北を知らぬ弟たちに伝えさせましょう。さあ、まずは次男のココビゴから、初めの章『迫り来る危機』を学んできなさい…。真の臆病者こそが、敗北を知らぬ者となるのだから」
ココビゴはちょっと挙動がびくびくしている人だった。真の臆病者が敗北を知らぬ者、とはちょっとまわりくどいがわかる話だ。
「ひゃっ!」
ココビゴに声を掛けると、声をあげて振り返る。
「…な、なんだ、Moneliか。『呪術の深淵』を学びにきたんだね? よ、よし、『迫り来る危機』の章を読むからね、聞いてね」
読み聞かせが始まる雰囲気だったが、聞こえてきたのは古典らしい韻文風の文章だった。
『呪術の深淵:迫り来る危機』
嗚呼、我が妙なる魔力よ、素晴らしきかな。
豪炎は拳に、氷刃は剣に、雷撃は槍に勝らん。
嗚呼、迫りし豪の者よ、恐ろしきかな。
その拳我が骨を砕き、その刃我が肉を斬り、
その槍は我が臓腑を貫かん。我、危機を覚えるなり。
格闘士が呪術士の骨を砕こうと、剣闘士が呪術士の肉を斬ろうと、槍術士が呪術士の臓腑を貫こうと迫る前に、ファイアでブリザドでサンダーで退けよという教えなのだろう。
「な、何度暗唱しても、自分で怖くなっちゃう…。この章で学ぶ危機は、敵に接近されることの危機だ。攻撃されたら痛いし…落ち着いて詠唱もできないから、遠くから敵を狙うことを学ばなきゃだめだ。こ、これは呪術の基本だよ」
ココビゴってかわいいな…。
私はまだ遠くから狙って落ち着いて詠唱することができていない。
「さ、さっそく試練に入ろう。シルバーバザー付近に、干からびた魚を仕掛けるんだ。離れて待てば、サークリング・ヴァルチャーがくる…」
サークリング・ヴァルチャーを倒したら、ファファフォノにヴァルチャーの胸肉を渡すという試練だ。
「シルバーバザーの近くで試練をしてもいいけど、必ず見返りをよこせ…って言われてるんだ。怒らせるとすっごく怖いんだよぉ…」
へぇ…ファファフォノってそういうことをしてるんだ…。みかじめ料を要求する輩みたいじゃん…。
私はファファフォノに立ち向かうような気持ちでササモの八十階段を降りた。頭を冷やすためにスコーピオン交易所でイメの依頼を受けることにする。
寄り道:Lv5.羽毛に蠢く赤い影
これから集荷をしにホライズンに行かなければいけないのに、彼女のチョコボ、スラッガーが歩こうとしてくれないから魔物を倒してほしいとのことだ。いよいよ私も魔物を倒すのが得意そうな冒険者らしい見た目になったらしい。
「よーく見ると、スラッガーの羽毛の奥に、気持ち悪い触角がウヨウヨと…。パラサイト・レディバグがくっついてるかもしれないわ! スラッガーを調べて、スラッガーの羽毛の中に潜む、にっくきパラサイト・レディバグを倒してちょうだい!」
拡大して見られないから助かったが、聞くだけでぞわぞわする。この世界には視認できる生き物しかいないのかなと思っていたけれど、ノミサイズの生物もいるのだな。
スラッガーの足元で蹴飛ばされないように注意する。調べると、飛び出てきたのはなんとかなり大きなてんとう虫だった。目視が難しいほど小さなものとどう戦うのだろうと不思議だったけれど、しっかり目立つ大きさで驚いた。
パラサイト・レディバグを倒すと、スラッガー は「クェーッ!! クエックエッ! クックェックェー!!」と鳴いて、多分喜んでくれた。イメも「ありがとう、助かったわ~!」と言ってくれる。
「スラッガーもありがとうって言ってたみたいよ? やっぱり原因はパラサイト・レディバグだったのね。まったく、荷運びの道中にくっついて、羽毛の中に隠れてたんだわ!」
隠れるのは無理のあるサイズだと思うな…。もしかして自在に大きくなったり小さくなったりできるのかしら。アントマンみたいに。
「物資輸送の要はチョコボだからね! チョコボが病気になったら、仕事にならないわ。チョコボの健康には、もっと気をつけてあげなくちゃ!」
自分で取り除けないものが体表でもぞもぞと動くのを想像すると鳥肌が立つ。寄生されて病気にかかるのは避けたいことだ。この世界でまだ医者や病院を見かけない。
虱とかもいるのかな…やだな…。再び想像してぶるっと震えた。
寄り道:Lv5.急場の閃き
スコーピオン交易所には、かわいいピンク色の髪が特徴的なグントラムがいて、前から気になっていた。彼はいつも「ええと、倉庫に入れておく荷物と、ウルダハの都市内へ運ぶ荷物と、他の集落へ配達…ああ忙しい!」と大わらわだ。
今日は「むぐぐ…これはやばい、やばいぞ。送り直させる時間などないし…」と呟いている。
「うーん、お、お前いいところに来たな。そこらにいるカクターを倒してサボテン水をとってきてくれないか?」
私を見て「そうだな、4体分くらいあれば十分だ」と言った。
「理由なんて説明している時間はねぇ。俺を助けると思って、頼んだぞ! 大急ぎだ!」
何に必要なのだろうと首を捻っていると、急かされてしまった。
ササモの斜面の辺りでカクターを倒してサボテン水を採った。保湿効果があるらしい。昔、温泉地の土産物店でサボテンの化粧水を見たことがあったのを思い出した。
交易所に戻ると、グントラムが「これがないと大変なことになるんだよ」と焦っている。
「ありがとう、依頼どおり持ってきてくれたな。実は、さっきウルダハ向けの積荷を開いたら、ラザハンの化粧水の中身が空っぽだったんだ。輸送中に瓶の蓋が緩んじまったみたいだ」
ラザハンは百科事典一巻の「ハイデリンの地理」のページに、サベネア島にある都市国家の名前と記されている。錬金術発祥の地だそうだ。
序説ページにあるエオルゼアの絵地図をよく見ると下記の一文がある。
世界最大の大陸“三大州“の西端…アルデナード小大陸と周辺の島々は、歴史的に“エオルゼア“と呼ばれる文化圏を形成してきた。
私はハイデリンの作った世界全体を、現実世界での地球と呼ぶ感覚でエオルゼアと呼称するのだと解釈していたが、ある程度文化を共有する地域のことを指すようだ。
とにかくサベネア島は絵地図にも載っていないようだから、特に遠い場所なのだろう。この世界の道の舗装具合を少し見るだけでも、壊れやすい物の運搬は大変そうだ。
「とはいえ、納品予定に穴をあけるわけにはいかない! 瓶の中に、このサボテン水をいれて納品するんだ。カクターが蓄えた水は肌にいいから、そこそこ効果はあるはずさ。ラザハンの化粧水は珍品だ。馴染みの品じゃない分、買った奴にもバレにくい。へへへ、俺とおまえの秘密だぞ?」
ほお…?それは、詐欺ですね…。理由も聞かずに手伝うから、私は詐欺行為の片棒を担いでしまった。B級品を云々するより眉を顰める事例にあたってしまった。なんということだ。
今日のスコーピオン交易所にはたくさんの荷物が運び込まれている。
平台の上で「ラプトル運送だ!」「どうぞご利用を!」と客引きしているが、宅配便の持ち込みみたいにこの場で手配してくれるのだろうか。信用第一の事業というイメージがあるから、一見さんとしても利用しにくそうだ。
加えて、荷物の取り違えだの中身の偽装だのを目撃しているので、とても心配になる。
そろそろちゃんと試練に戻ろうと交易所の門を出た。銅刃団の衛兵が言う。
「昔はシルバーバザー方面から、引っ切りなしに、荷車に満載された商品が届けられたそうだぜ。今じゃ、あの集落も落ち目だけどな」
落ち目の集落は再開発される運命か…。三方良しの結果になればいいなあ。
金槌台地の道の脇に、干からびた魚を仕掛ける。
待っていると、サークリング・ヴァルチャーが現われた。呪術士の遠隔攻撃にまだまだてこずっている。死にはしないが、楽勝でもない。
シルバーバザーでやはり井戸のそばに立っているファファフォノに声をかける。
「おや、あんた呪術の試練を終えたのか。そんじゃあ、シルバーバザーの近くを使った利用料、わかってるんだよね?」
この口ぶりだと、ファファフォノが勝手に利用料を設定して徴収しているのではないかなあ。“シルバーバザーの近く“って漠然とし過ぎている。
私は気の進まないままヴァルチャーの胸肉を渡した。
「うっしっし。これこれ、干し肉がうまいんだよねぇ。物分かりのいい呪術士だ」
あっ…もしかして物品の徴収か…。ただヴァルチャーの胸肉を干したものが好物なだけか。途端に私のなかで尖っていたファファフォノを責める気持ちが軟化した。要求するものが違うだけで心象が変わるの不思議だな。
「…呪術士だって?」
振り向くと青いローブを着た小柄な錬金術師が立っている。彼はファファフォノに尋ねた。
「その人もしかして、呪術士ギルドの試練でここに?」
「おや、錬金術師の先生じゃねぇか。へへ、いつもお薬ありがとうございますねぇ。この人は、呪術士ギルドの試練できたんです。失敗して、肉を届けずに逃げる奴が多いんですがね、こいつはなかなか、できる奴みたいですぜ」
意外なところで褒めてもらえて途惑う。
小柄な錬金術師は視線を上に向けて「また、兄ちゃんか…!」と呟き、走り去った。
呪術士ギルドにお兄さんがいるのかな。
ギルドに戻り、ココビゴに報告すると、彼はほんわり微笑んで「お、おかえり…き、君が生きて帰ってきて、よかった…」と安心してくれた。
「だいたいよぉ、呪術って言うのはよぉ、詠唱中が一番こっえーんだよ!!」とココバニが眉尻を上げて得意げに言う。
「戦いにおける基本の危機…それを教えた…。ココビゴの迫り来る危機の試練…」
腕を組んで言うのはココベジである。
ココボハはやはり壇上に腰掛けて笑っている。
「やぁっぱ戦いは有利に進めなきゃ損だよね~! 遠くから攻撃された相手の、悔しそうな目もね、とても気持ちがいいね、アハハハハハ~!」
「じ、呪術士は身を守るのが下手だから…命の危機を避けることが重要なんだ。た、多少卑怯だろうと、自分の命の方が大事だよ…」
得手不得手による戦い方の違いもあるだろうから、相対しないと卑怯と言いきるのも変だよね。競技の勝負と違って命がかかっていることだ。
そこへマスターがやってきた。
「クククククク…。Moneliの修行は順調なようですねぇ…。破壊の化身となれる日は、そう遠くないでしょう…」
破壊の化身になりたい願望はないが、遠隔攻撃に慣れたい気持ちはある。
「やーーーーーっぱりココブキ兄ちゃんだ! それにココビゴ兄ちゃん、ココバニ兄ちゃん、ココベジ兄ちゃん、ココボハ兄ちゃんもだ!」
お堂の中に五兄弟の名前を呼ぶ声が響き渡った。ココブキが慌てている。
「コココココ、ココブシちゃん!?」
「次は、僕に呪術を教えてくれるって言ってたのに!」
「そ、そうは言っても、ココブシちゃん…Moneliが、どうしてもって言うから…」
目を伏せながら、ギルドマスターが私に責任転嫁しようとしている。
呪術士ギルドの五兄弟のさらに末の弟らしいココブシは拳を振り回しながら泣き出してしまった。
「ぐすっ…どうせそうやって後回しにしてさ、僕が諦めるのを待ってるんだろう? いつもそうやって仲間はずれだ…。兄ちゃんたちの、バカーーーーーーーーーー!」
悲しみの声をお堂に響かせながら、ココブシは走って行ってしまった。
「こ、ココブシちゃぁーん!! いい子だから、お兄ちゃんたちを嫌いにならないでぇー!!」
ココブキの声も響き渡る。この人でも取り乱したりするのだなあ。
「…ゴ、ゴホン、ココブシは我らの一番下の弟です。我らと共に、呪術士になりたいというのですが…絶望的に魔力、すなわち体内のエーテル量が少ないのです。才能がないのだから、呪術は諦めろ…と説得し、錬金術師ギルドに入れたのはいいのですが、まだまだ呪術の道を諦めてはいないようですね」
六人兄弟のなかで自分だけ同じ道に進めないのって、というより「自分もやりたい!」と思ったことが体質が違うからできないって悔しいだろうな…。
「結局、錬金術師ギルドでは魔力増幅薬の研究に没頭し、自分の魔力を高める方法を探しているそうです…」
諦めず、兄たちと同じ道のスタートラインに立つための努力をしているというのは一時の感情でなく、かなりの熱量を持っているということだと思う。ココブシの努力が実りますように。
「ま、まぁ、これは我々身内の問題です…。貴方は再び、呪術の鍛錬に励んでください…」
次の課題のときにまた弟さんのその後を教えてください。