体験学習:呪術士(1)
まだウルダハの街を探索し始めたばかりの頃、教会のような場所に受付があるのが気になって立ち寄ったのが、呪術士ギルドの受付だった。
「破壊の力に魅せられた我らの朋たちが、アルダネス聖櫃堂の奥で学びに耽っています。何事にもドン引きしない強い意志をお持ちならば、いつでもお声がけくださいませ、ご案内いたしましょう」
訪ねた私に、受付のヤヤケは「運命に導かれし朋…とお見受けしました」と言った。クラスクエストの仕組みもよくわかっていなかったので、そのまま話を聞いた。
「強大な破壊力を持つ魔法を操り、敵に確実な死をもたらす力…呪術。ここは呪術士達が、その力を学ぶ神聖な場所。貴方も呪術を学ばんとする朋なのであれば、当ギルドに入門し、試練を受けることをお勧めします」
試練と言われて怖くなった。呪術士ギルドに入門したいかと問われ、いいえと答えたのだ。
「私、ドン引きでございます! まぁ、まだその刻ではないだけでしょう。刻がくるまで、私はここでお待ちしていましょう」
そうしてようやくその刻が来ました。
私はヤヤケの問いに、今度ははいと答える。
「ええ、それが正しい選択でしょう。それでは私が、呪術の歴史を少々語らせて頂きます!」
それはウルダハという都の始まりにも関わる話だった。
ウルダハはそもそも魔道士の末裔が建国した古代都市、ベラフディアを正しく継承した都である。古の魔道士が伝えた魔法は、ナル・ザル教団の司祭たちによって受け継がれた。
そして、古き魔法はナル・ザル教団が執り行う葬送の儀式において磨き抜かれ、呪術として確立する。死者が腐らぬようブリザドで保ち、死者が蠢かぬようファイアで浄化し、死者の無念を晴らすためサンダーで天誅を下す。だからこそ、死を司るザル神を祀るアルダネス聖櫃堂の奥深くに、呪術士ギルドが併設されているのだ。
「…さぁ、いかがでしょう? 呪術の総本山ウルダハ、高みを目指すのであれば、ここで教えを請うべきでございますよ!」
ギルドマスターから入門の許可をもらったら、ヤヤケが手続きをしてくれるそうだ。
ギルドマスターはココブキという。五人兄弟の長兄だ。呪術士ギルドはこの兄弟によって運営されていると、受付カウンターでヤヤケの隣にいるエラスムスから聞いたことがある。次男から順番にココビゴ、ココバニ、ココベジ、ココボハ。実はギルドに所属していない末っ子もいるらしい。
ココブキに直接尋ねた折は、呪術士ギルドについてこんなふうに語っていた。
「ここでは、強大な破壊の力に魅せられし朋に、呪術の深淵について教え説いております…。術者同士で呪術の知識を共有し、歴史ある蔵書と共に、魔法知識を集積することもこのギルドの目的のひとつと言えましょう…」
堂の奥へ進むほど本棚も増える。
ヤヤケは呪術を死者にまつわる魔法として説明してくれたが、ココブキは「己の本性を内観することで発生させることができる、破壊的性格の強い魔法」と表現した。まったく異なるものに感じる。
「元はと言えば、ナル・ザル教団が執り行う葬送の儀式の中で確立したのが、呪術という魔法です。死者を弔う場で磨かれていった力が、生けるものを屠るための力となった…。なんとも不思議な話だと思いませんかねぇ? クックック…でもねぇ、呪術というのは、そういう恐ろしい人の心の力なのですよ…」
普段の世界の感覚からすれば、死者が腐らぬようにブリザドで保つまではわかるが、蠢かぬようにとか無念を晴らすためとなると理解に苦しむ。腐らせたくはないが、蠢かせたくない。腐らせたくないというのは、蘇生の可能性を考えてのことだと思うが、蘇生した本人に無念を晴らさせようとはしていない。
生き残っている者の都合で行使する。確かに恐ろしい人の心の力だと思う。
Lv1.深淵に臨む呪術士
受付に戻るとヤヤケが入門の準備を整えてくれたようだった。
「いかがでしょう、Moneliさま。呪術士ギルドに入門する宿命にあると、 ご自分で感じられませんか?」
頷くと、「賢明な判断でございます」と言われた。
「…それではまず、呪術の基本を記した百八冊の本をお読みください。 …と申しますと、ほとんどの方はドン引きしますので、重要なことはギルドマスターにお聞きください」
ヤヤケの話では「当ギルドのマスターは五兄弟の皆様」なのだそうだ。兄弟を束ねる長男の名前をココビゴと間違えていたから、五兄弟をまとめてマスターと呼んでしまっているのかもしれない。
仕方ないので、まずココビゴに声をかけた。
「ひゃっ! い、いきなり話しかけないでくださいよ。 怖いじゃないですか…!」
そうだ、彼は前に呪術の恐ろしさを訴えていた人だ。その左にいるココバニが「ココビゴ兄貴よぉ! こいつ、呪術士ギルドへの入門希望者じゃねぇか!?」と大きな声で言う。
「ヤヤケ導師…可憐な女人なれど、我々の名を覚えぬ方よ…」
ココベジは眉間と目尻に隈取りのような模様がある。彼らの顔にそれぞれ入っている模様は刺青なのだろうか。
「アハハハハハ! 入門希望だったら、ココビゴ兄ちゃんじゃなくて、ココブキ兄ちゃんに言わないとだめだよ!」
演壇に腰掛けているココボハが賑やかに笑った。
「おやおや…ザル神に導かれし我らが朋が、一人やってきたようですねぇ…」
兄弟のなかで一人黒いローブを被っているのがココブキである。
「呪術の力は、最強の火力を以て敵を屠る力です…。その一撃の威力は、他の魔法体系を遥かに凌駕します。ファイア、サンダー、ブリザド、スリプル…。呪術士は状況に応じて、数々の魔法を使い分け、敵を殲滅することができるのです…」
葬送の儀式の話には出てこなかった魔法名も出てきた。ここでの呪術は攻撃に特化したもののようだ。
「ここ呪術士ギルドで我々の教えを受ければ、貴方は敵を屠る最強の破壊力を得ることができるのです」
悪魔の誘いのように聞こえるが大丈夫だろうか。もちろんそのための恐ろしい試練が多くあると言う。他の兄弟の顔の模様や、ココブキが顔の半分に包帯を巻いているのは、呪術の深淵を学ぶ代償なのではと不安が湧く。
「さぁ問いましょう、新たなる呪術士よ。汝、最強の破壊力を得るため、呪術の深淵を知る覺悟がありしや?」
覚悟が旧字体で表記されているのにテンションが上がる人もきっといるだろう。私は覺悟があると答えた。
「クックック…良い返事です…。それでは朋よ、貴方にふたつの祝福を授けましょう。まずひとつ目…貴方の討伐手帳に、呪術の修行に適した敵を記した項を加えておきましょう。そしてふたつ目、呪術士としての道を歩まんとする朋に、この呪具ウェザードセプターを授けましょう…」
ここでは大抵物騒な話が多いが、入門者への説明が手厚いな…と感じる。
私はウェザードセプターを装備して、ココブキのもとへ移動した。
Lv1.呪具が望む破壊
ココブキは普段兄弟たちから離れて、巨大な香炉の前に立っている。
「クックック…。破壊を求める呪術士らしい姿になりましたねぇ」
私の体内に流れる魔力を試すための入門試験があった。よく耳にするモンスターを倒すという内容だったが、ココブキにかかると「それぞれ三体に、貴方の力で死をもたらしなさい…」という言い方になる。
剣術士としてであれば、もうだいぶ慣れました!と言えたが、呪術で生き物に死をもたらすのはなかなか難しい。まずエレメンタルゲージの理解が足りない。剣ほどの威力がないし、少し体を動かすと呪文の詠唱が途切れてしまうし、杖で直接殴った方が早いのではと思われた。
格闘する間に、アチーブメント:勝利の栄光ランク1をもらえた。
野外を歩き回るので、採掘師の格好をして採集も行う。二十分ほどかかってギルドに戻った。
「クックック…。敵を全て、屠ることができたようですねぇ」
ギルドマスターは、私を呪術士ギルドに歓迎してくれた。
「今回は、呪術士足りうる魔力の確認をさせてもらいました。魔力を決めるのは、体内に流れるエーテル量です…。その量の大小はあれど、生きとし生ける者は皆、生命の源であるエーテルをその身に宿しています…。これは魔法学の基本、覚えておくといいでしょう」
エーテルは外にあるものと内にあるものというイメージを持っていた。魔法に変換できる魔力の総量は、成長に従い増幅するものらしい。成長というのが肉体的なそれか精神的な成長という意味かはわからない。
「そして魔力は、恐怖と危機によっても増大する。貴方の魔力が新たな危機を欲したとき、そして、恐怖を知らねばならなくなったとき、またここに来てくださいねぇ、クックックックック…」
ココビゴの言う通り、呪術って強くて危ないな…。恐怖や危機を体験することで、一言で強くなると表現するとき、ポジティブな善き力が大きくなるのか、ネガティブな他を傷つける方へ向くのかがわからないから、なんとなく不安になるのだろうな。