体験学習:錬金術師(1)
現実でのお盆休み前後、仕事や諸々の忙しさで全くこちらの世界に来ることができないでいた。あっという間に九月である。
そういえばエオルゼアにの誕生日や暦月の概念があるが、季節はあるのだろうか。ウルダハは乾いた土地なので、四季のない地方だと思う。他の国はどんな気候なのだろう。
九月、この世界には新生祭という行事があると聞き、自分も参加資格に手が届きそうだったので急いで剣術士の練度を上げることにする。
もうこの国で得られるクラスは全部修得したし、と思っていたのだが、実は錬金術師の修得をしていないことに、ここでようやく気づいた。上層階に足を向けないため、すっかり忘れていたのだ。
お祭りに参加する前に、そちらを優先しよう。
錬金術師ギルドには、以前に新薬治験の用事で立ち寄っただけだったような気がする。急ぎ足であまり中をゆっくり見たり話を聞いたりすることもなかった。
ギルド受付のディートリッヒは「はぁ…ギルドマスターのセヴェリアン様は、
研究のことしか頭になくて、まったくギルドの仕事をしないんですよねぇ」と溜息をつく。
「彼は、錬金術の知識に関しては、それこそエオルゼアいちかもしれないのですが…天才とナントカは紙一重…ってやつでしょうか」
ディートリッヒの左目にはレンズ部分の黒いモノクルのようなものがついている。彼も何かを研究しているに違いない。髪型のせいなのかもしれないが、サンクレッドに似ている、と思う。左目が隠れているし、右目も前髪がかかっていて目尻がはっきりしない。でも思わずサンクレッドを思い出してしまった。
作業場には大きな石臼が設置されている。身体の大きなルガディン族の男性でも腰を据えて力を込めなければいけないようだ。
作業台には薬研と乳鉢乳棒がある。机に置いた調合リストらしきものを見ながら、研究者たち「まずは濁水よ」と話し合っていた。
セヴェリアンは、作業フロアの奥まった壁側を自分の作業スペースにしていた。話しかけると、振り向いてはくれたが「錬金術師の私に用か? …手が離せんので、手短にな」と素っ気ない。
ギルドに入れてもらう前に、ちょっとお話しをしていただいてもよいでしょうか。
「なんだ唐突に。私のことを覚える余裕があるなら、その頭をわけてほしいものだが…まあいい」
むすっとしている。視線を向けてくれるだけでも喜んだ方がいいタイプの人のようだ。彼は「つまらん理由」で、錬金術師ギルドのギルドマスターを任されているらしい。
「人望なんぞ求めるなよ? もとより、ここの連中は研究のライバル同士。馴れ合いを好まない奴が大半だ」
受付のディートリッヒの雰囲気だと、そんなことはなさそうに感じ増すけど…。
「団結するとしたら…偽薬が出回ったときくらいか。捕まえた犯人に、それぞれが開発中の新薬を手にしてにじり寄る光景は、なかなか壮観だぞぅ」
セヴェリアンは少し首を傾げて、団結した時の記憶を掘り出した。
錬金術とは何か尋ねると、真面目な答えが返ってくる。
「それを正しく語るには、大変な時間を要するのだが…現代においては薬を作る者と定義して、ほぼ間違いなかろう。身体を癒す薬、能力を向上させる薬、そして毒薬…。多種多様な薬が、錬金術によって生み出される。無価値に思える素材ですら、正しく理解し掛け合わせれば、新たな可能性を得るのだ!」
多分、自分と錬金術という関係にしか夢中になれない人なんじゃないかなというのが私のセヴェリアンに対する第一印象である。
「ふふふ…とんでもなく深いだろう?」
師として接するのは大変そうだなあ。
改めて受付に行き、ディートリッヒから錬金術師が集い、叡智のあくなき探求に身を捧げる錬金術師ギルドについて話を聞く。
「主な仕事は薬の調合。傷や不調を治す薬はもちろん、熟達した者ならば、身体能力を高める薬も作れます。冒険者ならば、それらの有用性をご存知でしょう」
学んでみませんか?と誘われて、頷く。
正式な手続きの前に、錬金術とギルドの歴史を説明してもらった。
「今でこそ薬を作る者と位置づけられている錬金術師ですが、その成り立ちは別の…人が未だ成し得ぬ夢に起因しています。即ち、卑金属を金や銀に変える方法を見出すこと」
これまで錬金術に関連する興味が薄かったので、耳にする言葉から連想できることがほとんどなく、へーと聞くばかりになってしまう。
理科という教科も苦手だったので、ほとんど小学校程度の知識で終わっている。物理化学地学に弱く、特に物理化学はずっと苦手意識があって思考停止してしまう。
卑金属が何かすら思い浮かべられなかった。
これを機会に調べてみる。卑金属は貴金属、錆びにくく金属光沢をもつ金銀等の対になる単語で、銅鉄鉛等の金属を指すとある。
卑金属はイオンになりやすく、貴金属はなりにくい。イオンは電子を失ったり受け取ったりして電気を帯びた原子をいう。金属には自由に動ける自由電子があって、それが電気や熱を伝え、その電子に光が跳ね返って光沢が生じる。
つまり錬金術は原子の種類を変える方法を発見することを夢見ている。なんとなく把握した。
「それを成し得る触媒・賢者の石は、万病を癒し、永遠の命をもたらすと考えられていました。賢者の石精製への探求心が、錬金術における薬の調合技術の発展へと繋がったのです」
流石に賢者の石くらいは聞いたことがあっても、説明せよと言われたらお手上げである。
ギリシア語でlithos tēs philosophias、哲学者の石の意だ。現実世界では化学が発達する以前の錬金術における空想上の産物とされている。これと同じ働きをするものとして、エリキサ、第五元素等の名称も使われたらしい。
便利すぎる石だ。
「しかし、錬金術の可能性は、すぐには人々に伝わりませんでした。異端の秘術として忌避されていたからです。それを医学、薬学と統合し、正式な学問として認知させたのが、御殿医を養成していたフロンデール薬学院でした」
怪しい秘術を、人々が馴染みやすい一般的で必要な事柄に昇華させたというところだろうか。
「以来、自由な研究の場を求めて、ウルダハに各地から錬金術師が集まるようになりました。そして、彼らの技術共有の場としてギルドが設立されたのです。錬金術師ギルドにとって大事なのは、技術や研究材料の共有だけではありません。錬金術自体の信頼を維持することも大切なんです。錬金術の恩恵に浴すと同時に、錬金術に携わる責任を持つこと…。その覚悟が決まったら、もう一度僕に声をかけてください」
なるほどーー!すごく面白い!現実の感覚から言えば、医学、薬学という名称の分野で戦った方が知名度や信頼度を高く保っていられると思うけれど、この世界では錬金術の要素を捨てず、もう一歩先のone chance in ♾のようなものを狙っているのかもしれない。
知識には忌避されず、生き残るための倫理観が必要なのだ。
ひとり勝手に面白さが高まってきたので、早速入門手続きをした。
Lv1.偏執の錬金術師セヴェリアン
ディートリッヒは「彼に認められることが、唯一の手続きとなります」と言った。
「彼は大変…偉大な方ですから。くれぐれも上手くやってくださいね、ええ、くれぐれも…」
含みのある言い方をするのもわかる気がする。
上のフロアの奥では三人の研究者が「つまりこの配合は…」「なるほどね…」などと話し合って研究を進めているのに、奥の机で一人きりで研究に没頭しているのだ。
「何だお前は…。ああ、さては商人の使いだな? この前頼んだインプの翼を持ってきたんだろう。どれ、見せてみろ」
まず人付き合いが必要だとは微塵も考えていなさそうだもの。
「…なに、入門希望者? まさか、お前、入門希望者だというのか!?」
そうだと言うと、「何たることだ、あの受付め! 面倒な用事は一切私に回すなと、あれっっだけ言っておいたのに!」とすぐ上の受付にまで届きそうな声を上げる。
「入門者の面倒なぞ、誰が見るか! 私は研究で忙しいんだ。お前もとっとと…」
言いかけて、急にセヴェリアンは態度を変えた。
「よし、気が変わった。入門を許可する。お前という新たな才智を歓迎しようじゃないか。説明は省略していいな? とりあえず、初心者向けの蒸留器をやる。今すぐ装備して、私に見せてくれ」
急かされつつ、ウルダハで得られる最後の一つのクラスをようやく修得した。
Lv1.はじまりは純水
ウェザードアレンビックは私の知っている蒸留器の形をしていない。とても短い棍棒のようだ。Weathered Alembicで風化した浄化器、蒸留器と訳せる。Alembicはポルトガル語でAlambique、日本でもランビキ(蘭引)としてアルコールの蒸留に使われていた。それらの形とも似ていない。独特の構造を持った蒸留器なのだろう。
装備した私を見て、セヴェリアンは「なかなかどうして、様になっているではないか。悪くない…悪くないぞ…」と呟く。何が悪くないのか。
実習課題はウェザードアレンビックを使い、蒸留水を一つ作ってみること。
「蒸留水とは、濁った水を純化させたものだ。つまり、錬金術の基本中の基本、物質をより純粋な状態にすることの代表例といえる。材料は濁水とウォーターシャードだな。濁水はギルドの入り口にいる、何と言ったか…そう、エスメネットから買えるぞ」
私の入門を許可してから、妙にテンションが上がっている。あとで面倒事が待っているのかもしれない。
「最初とはいえ、これくらいの課題をこなせなければ、お前に錬金術師としての前途はなかろう。ふふふ…期待しているぞ!」
でき上がった蒸留水は錬金術材として扱われる。蒸留して不純物を除去した水を納品すると、セヴェリアンは遂に笑いだした。
「…ふふふ…ふふ、ふはははは! 素晴らしい、やはり私の見込みに間違いはなかったようだな! たかが水、されど水。蒸留水はあらゆる薬作りの基礎になる。不純物が混じった水では、薬の意図した効果が発揮されない。それどころか、有害なものになる場合もあるからな」
左目につけているモノクルのような道具は、額帯鏡の役割を持っているらしい。蒸留水を確認しようと彼が屈んだため、中心に穴の空いた金色の鏡部分が見えた。
「その点、お前の蒸留水はどうだ。この一見してわかるほど高い純度…素晴らしい。飲むのは嫌だが頭から被ってやってもいいぞ! 完成の瞬間はどうだった? この出来なら、感激で全身を震わせたことだろう。ふふ…わかる、わかるぞ…!」
セヴェリアン自身がそういう体験をしたらしかった。
「人の導きだした理が、濁った水から穢れなき一滴を生み出す奇跡を成すのだ。己から不可能の壁が取り払われる瞬間は、実にたまらん! 錬金術は、極めるほど癖になるぞぅ。しばらくは蒸留水を作り、好きなだけ感激に咽び泣くがいい!」
人に錬金術の面白さを伝える言葉が、そのままセヴェリアンの価値観を示していて楽しい。社会人として偏ってはいるが、たまに会って話を聞くにはすごく興味深くて好きなタイプだ。
「では、私も研究に戻るとしよう。早く腕を上げ、優秀な小間使いになるのだぞ!」
このギルドマスターとしてはやる気のない人の求めるところがわかりました。現実では付き合いを避けたいタイプである。
Lv5.ふたつ目の基礎
製作手帳にあるものを一つずつ作っていくと、時をおかず次の課題に向かえる段階へいける。
「何だお前は。寄付金の懇願か、それとも依頼か? ははあ、さては小うるさい掃除係だな?」
セヴェリアンは相変わらずだし、名前は覚えてもらえない。前口上から日頃の様子が垣間見えるところ、いいな。
「…なんだ、例の新入りではないか! 名前は聞かんぞ、レシピ以外はどうせ忘れる。それよりもお前、錬金術の腕を上げたようだな。私は大変忙しいのだが…ふむ、小間使いへの投資は必要か」
二つ目の課題は毒消しを作ることだった。材料は岩塩とグラスバイパー。グラスバイパーは草地に棲息するクサリヘビで、毒を有する。草刈で採集できる錬金術材だそうだ。生き物だが、討伐対象ではなく園芸師が採るものらしい。
岩塩は自分で採れる。セヴェリアンは自分で調達してくるのは面倒だと言うが、今はそれが楽しい。グラスバイパーはエスメネットから購入した。
「何が基礎なのか、考えながら作業するように」
どういうことだろう。
考えなくても、とりあえず作業はできる。毒消しは意外と大きな壺に入っていた。肘から手首ほどの高さの赤い壺は大きなコルクらしき蓋で栓がしてある。
毒消しって携帯するものだと思っていたので、あまりに量が多くて驚いた。保存用の壺なのかな。
「ふふふ…いいぞ新入り、素晴らしい! 適度なとろみと、くすむことのない赤色が、作業の細密さを物語っている! 効果の程は、そのうち被検体で検証しておこう。ふっ、実験に毒は付き物なのでな! 三個頼まれた時点で察しておけ」
急患とかで来た毒状態の人に使うのだろうか。自分も検証に立ち会ったりするのかな。自分に使う機会の方が早く巡ってくるかもしれない。
「しかしお前も、錬金術のふたつ目の基礎、複数の物質を調合し、より有益な物質に変化させることを実感できただろう? 薬の過剰な服用が毒となるように、毒が薬となることもある。この表裏一体の性質を利用したのが、今回の毒消しだ。有毒のグラスバイパーなんぞ普通は見向きもされん。だが、岩塩と適切な配合で混ぜ毒消しにした途端、人々はこぞって求める」
話すうちにまた気持ちが昂揚してきたのか、「学び、試し、価値を生み出すのだ! その楽しみを知ったとき、お前も寝食を忘れるぞぅ!」と高らかに言う。
楽しいんだなあ、寝食を忘れてるんだなあと思う。仕事が楽しくてたまらない人なんだね。
「さて、講説ついでにアマチュアモーターをやろう。これは副道具と呼ばれるものだ。主道具と併せて装備すれば、作業の効率を上げられる。ふふふ…これで面倒ごとを任せられるな! 引き続き研鑽を積み、私を研究に専念させてくれ!」
私が研鑽を積むことで、ギルドマスターにも利益があるならwin-winの関係で良いことなのだと考えよう。