寄り道(1)価値と悲しみ
「困っている人がいたら、積極的に声をかけてみて。そして相談に乗ってあげて。思わぬ『チャンス』を掴めるかもよ?」
先日モモディからそう言われたので、今日は見物がてらウルダハの人々と交流してみることにした。
Lv1.情報屋の依頼
まず、クイックサンドを出て西に歩くとすぐに見えるワイモンドに話しかけた。
「ガキにもできる簡単な雑用」を仰せつかって、格闘士ギルドへ書類を届けに行くことになった。ワイモンドの見るところ、ウルダハで最も高くつくものは“情報“なので、それを扱う情報屋の自分に恩を売っておけという話だ。
さらに西に進み、目的のギルドだろうかと思い近寄ると、カジノホテル「プラチナミラージュ」の受付だった。すぐそばに金貸しがいて胡散臭いことこのうえないが、受付のエシルトの言うには、高額の会員証を持つ限られた“紳士淑女が集う娯楽の殿堂“らしい。今は新規会員の募集も停止している。
通りのベンチに座っていたアグニスはここの話をしていたのか。
ところで今気づいたのだが、私は三人称視点でこの世界を見ているがために自分の分身やアグニスやランドの目線がわからず、場所を指す事柄の察しが悪くなるのだった。今後は気をつけて見てみよう。
新規会員も入れず、今いる会員だけに賭け事と遊戯を提供している…。高い会員証を購入できる金銭的余裕があるはずなのに、金貸しを利用する者がいて、盗賊に落ちぶれる者もいる…。
近寄ってはいけない場所だ。小走りでそこを離れた。
格闘士ギルドは、そんな恐ろしい場所の隣にあった。
受付カウンターにいるヨシアスに、ワイモンドから預かった封書を渡した。
このギルドでは護衛任務も請け負っているが、体が資本の仕事なので安請け合いはできない。そのため依頼人の身辺調査で、支払い能力があるのかを確認しているらしい。
今回の調査で判明したのは、依頼人には金がないということである。金がないのに護衛を頼みたい時とはどういう状況が考えられるだろう。他人事なので、それを想像するのはちょっと楽しい。
仕事の話が終わると、ヨシアスはフランクな口調になった。ギルドマスターのハモンの別名「拳聖」がかっこいいと囃している。修行途中で、まだ手合わせをしてもらえないようだ。
Lv1.金の行方
格闘士ギルドの訓練場で仲間の練習を眺めるゲルターと目があった。目があったら逃さねえとばかりに、借金取りの真似事を頼まれてしまった。
相手はコロセウム近くにいるディディラタである。私に声をかけられて怯えた彼だ。
ゲルターは直接会ったら彼を殴ってしまいそうだから私に代理を頼むので、厳つく見えるが自制心のある男のようだ。格闘家がリング以外で技を使うのを慎むような感覚なのではないかと思う。
ギルドマスターのハモンは好々爺の雰囲気を持つ人物だ。
自ら「伝説の格闘士『拳聖のハモン』じゃ!」と名乗っていた。そして好きなタイプは「若くてセクシーなギャル」と声を大きくする。あけっぴろげな性格とみた。人生を楽しく過ごしていそうだ。
しかし格闘について問うと真面目に答えてくれた。
格闘術とは「連続攻撃の浪漫」。一撃の威力を侮られがちだが、連続して打ち込み続ければ着実に敵の体力を奪える。巨大な敵も、最後には屈するだろう。
忍耐と丁寧な攻撃がものをいう戦闘方法のようだ。
ハモンほどの手練れになると、技を無限と続けることもできるという。
それは自分の体力が無限に保てるのと同義だろうか。敵との体力勝負になれば、細かな打撃を繰り出すと同時に、相手からの攻撃でこちらの体力を奪われないようにしなくてはならない。
チュチュトは「スタミナは大事よ!」と強く言っていた。たくさん食べて、よく寝て、日々精進か…。とても普通のことのように聞こえるが、その難しさを実感しているので、格闘士はストイックだなと感心する。
仲間に教えているポポリは、昔は自分も「ダメダメで、へっぽこ」だったと振り返る。未熟な格闘士に過去の自分を重ねるから、熱心に教えることができるに違いない。
訓練に励む格闘士は皆ひたむきだ。
しみじみとしながら格闘士ギルドを出て、ディディラタに会いに行く。
ゲルターの使いだと知ると、殴られたくないあまりに「金はなんとかするよ!」と悲鳴をあげた。
Lv1.返済の目標
ディディラタの「なんとかする」は、“光り輝く指輪“を金に換えることだった。
「見てくれは悪いけどこいつを売れば結構な額になるはずなんだ」
彼が大事にしていた綺麗な指輪は、金になると見込まれて懐にしまっておかれたものかもしれないし、『見てくれは悪いけど』愛着のあるものだったのかもしれない。どうやって手に入れたのかはわからない。
こういう話の流れのとき、結末は大抵ひとつだ。普段過ごしている世界で見聞きした体験から、もうこの指輪とディディラタがこの後どうなるかわかる気がする。
私は指輪を預かって、信者救済のため装飾品を高く買い取っているというアルダネス聖櫃堂のママネを訪ねた。
そもそも信者を救済するために装飾品を買い取るとはどういう行為だろう?
金に困った信者から持ち物を買い取り、いくらかの金を渡してやるという意味か。確かに窮した状態なら、その換金が助けにはなりそうだ。
ただ、私の思い浮かべる“救済“とは少し意味合いが異なるので、違和感がある。
アルダネス聖櫃堂はナル回廊の端にあった。先日迷い込んだ墓地に近い。
呪術士ギルドも兼ねていて、格闘士ギルドとは比べものにならないほど広かった。薄暗く、フードを被った人々が多いせいか不気味な雰囲気だ。壁際で頭を寄せ合い「イヒヒ」と笑い合っている者もいれば、丸テーブルを囲んで議論する者もいる。
私と同じような体格のララフェル族があちこちにいる。ギルドマスターのココブキもそうだ。
隻眼の異名を持ち、呪術を自在に操る華麗なる破壊の化身。そうした自己紹介が口からするすると出てくるのはなかなかユニークで、「ちなみに好きな食べ物はドードーオムレツです」までがワンセットに違いなかった。
彼は五人兄弟の長男らしい。ココブキと似た名前の呪術士が奥の祭壇のような場所に四人いた。
壇に座ったココボハは皆の呪術の上達を祈りながら、無邪気に「破壊の力で焼き尽くせ〜」と笑っている。何を焼き尽くしたいのだろう?
ココバニは子供の悪戯のような威嚇をしてきた。ココビゴは呪術の危険さを伝えようとしている。心優しい雰囲気で、常識人という印象を受けた。ココベジは敬虔な呪術の徒という感じだ。
ココベジの口から司祭ママネの名が出たので、彼を探した。神に祈る者、司祭に豪華な葬儀を頼んでいる者の近くにママネはいた。
「儲けなどとんでもない、これも信者の救済の一環です」
ディディラタから預かった光り輝く指輪を渡すと、ママネはすぐに偽物と断じ、買取り料が欲しいくらいだと憤ってみせた。
「捨てるのもなんですから、この指輪は、こちらで処分しておきますね」
中古品の買取受付カウンターで耳にするような台詞である。司祭は、金にならなくてもナル神が見ていて、立派な行いは必ず報われると言う。
借金返済を迫られているディディラタが、この寄付行為で痛い目に遭わず済むだろうか。
ディディラタは街角でずっと取立てに怯えているし、ゲルターは格闘士ギルドでずっと苛立っている。