寄り道(9)思い出を聞く
寄り道:Lv9.銀色に輝く故郷
呪術士の試練で立ち寄ったシルバーバザーで、キキプが私を待ち構えてくれていた。
「ぼ、冒険者さん、た、大変よ! シルバーバザー存亡の危機なの! ついに、地上げ屋が本格的に動き出したの!」
すっかり取り乱していて、その吹き出しまで刺々している。
「奴ら、偽の買収契約書をでっちあげて、住人たちを強制的に排除するつもりらしいの! そんなことしたら、このバザーはおしまいよ!」
この世界、法律とか整備されてないのかな。
「キキプさん、あなたもつくづく強情なお人だ。たった一言でいいんですよ。『我々に土地を譲り渡す』と言ってもらえませんかねェ?」
そこへいかにも地上げ屋らしい台詞を吐く人物が現われた。キキプは恐れず強気の姿勢だ。
「またアンタね! 何度来ても答えは変わらないわよ! シルバーバザーはワタシの大切な故郷なの。アンタなんかに絶ッッ対にわたすもんですか!」
「……このアマァ。下手に出てりゃ、つけあがりやがって! オレのバックに誰がついてるか、知らねェのか? こんなクソみたいな集落、キレイサッパリ更地にしてやンよ! おッと、もともと何もねェとこだがな」
何らかの勢力がバックについていることをにおわせておきながらはっきり言わないパターンだ! 虚言か言ってもキキプが引き下がらないような勢力なのかどっちかな。
ケンリックの「何もねェとこ」に対して、キキプは真顔になった。
「…何もないですって? ううん、それは違うわ。お客も、お金も…確かにこの集落には何もない。でも、ここには“思い出“があるの。私たち住民が暮らした、たくさんの思い出が…。村人総出で汗水たらして井戸を掘ったり…お祭りを成功させるため、みんなで盛り上がったり…」
この広場の井戸はみんなで掘ったものだったんだね。
「それがこのシルバーバザー、私の生まれ故郷…そんな思い出を、アンタなんかに壊させないわ!」
キキプは全く怯まない。むしろ闘志がさらに燃え上がったようだ。
「…フン! まァいい、もう土地買収は最終段階。バザー内の建造物に差し押さえ証を貼っておいた」
ケンリックも強気である。証書を偽造しておいて、なぜこんなに自信満々なのだろう。
「いいか? 間違っても差し押さえ証を剥がそうなんて、フザけたこと考えんじゃねェぞ? ウチの若い衆は、血の気の多い奴ばっかりだからなァ!」
ケンリックはなかなかパンチのある見た目をしていて、二分刈りくらいの坊主頭の側頭部に何かの模様が刈り込まれていて、立派なもみあげが顎の顎の輪郭を縁取っている。黒い小ぶりの丸眼鏡が極め付けに胡散臭い。どこから眺めてもヤカラという雰囲気だった。
柄の悪い銅刃団員に出会ったことはあるが、ここまでやくざなタイプがこの世界にもいるのだなあと変に感心してしまう。
「Moneli、お願い…差し押さえ証を全部剥がして、ケンリックを追い出してちょうだい!!」
呑気な私にキキプは声を大きくして言った。
偽の証書を剥がすなら何の抵抗もない。差し押さえ証はシルバーバザー内四箇所に貼ってあった。一枚はチョコボ屋さんの看板に。中には表からはあまり目立たない場所にも貼ってある。姑息だ。証書を剥がすと、敵の気配を感じる。鼻から下を覆って隠したケンリックの用心棒がどこからともなく現われた。
証書と用心棒たちをなんとかして、集落を出たところで仲間を待っているらしいケンリックに近づく。
「あんだァ? もう遅ェんだよ! 今、組の手配した解体屋がこっちに向かってんだ。差し押さえ証の貼ってある建物は、根こそぎドカーンだぜ?」
組!? はっきり極道じゃん!
私は差し押さえの決定について記された証書を四枚、ケンリックに渡した。丁寧に赤いリボンで結びまとめたものだ。
「…どひョウッ! こ、ここここここれは差し押さえ証ッ!? テメェ、これ全部剥がしたのかッ!? …ってことは、俺の部下たちは全員、お前が…!?」
最前まで愉快そうに笑っていたケンリックがやや怖気付いた態度をとる。
「ち、ちくしょう、覚えてやがれッ! 次はシャレにならん奴らをつれてきてやるッ! こんなバザー、丸ごと地図から消してやるからなッ!」
自信を持って偽証しようとしたあたり、バックに本当に政界に通じるような勢力がいるのかと思いきや、あっさり負け犬のように退却してしまった。闇が深すぎるのかそうでもないのか、まだ全然わからない。
「…どうやら、ケンリックを追い返したみたいね。アイツの言うシャレにならん奴らっていうのは怖いけど、とりあえず当面はバザーも平和になりそう」
キキプがまだ今後を不安視しているので、用心を続けた方がいいのだろう。
「…ありがとう。ふふふ、ちょっと照れくさいわね。お礼の言葉を言うなんて何年ぶりかしら。私はこのシルバーバザーを…私たちの故郷を、これからも頑張って守っていくわ!」
「俺たちも手伝わせてくれよ、キキプ!」
事が一旦落ち着いてから出てくる人たちがいる!
声のした方向には漁を休止しているガルフリダスとブランド意識の強いファファフォノがにっこりしながら立っている。
「あら、あなたたち…」
ガルフリダスは「お前がケンリックの野郎に切った啖呵、聞いてたぜ。たしかにこの集落はなにもねェ。だが捨てるには、ちっとばかし大切なものが多すぎらァ」と言った。二度折れた心が少し立ち直るきっかけになるならいいのだが。
ファファフォノは「お前とはケンカばっかりしてたが…それも大事な思い出だ。何もないなら、力を合わせてこれから何かを作らなくちゃな!」と言う。どういう心境の変化なのだろう? キキプと幼馴染だったりするのかしら。
「みんな…ありがとう。Moneli、あなたもいろいろとありがとう。シルバーバザーからは、きらびやかな服も賑やかな船も無くなってしまったけど…この集落に住む人たちの“思い出“がある。そして人がいる限り、そこには“希望“もあるわ。あなたが守ってくれたこの集落、これからもみんなで頑張って守っていくわ!」
キキプに協力する仲間が増えるのは嬉しいし、腐っていたガルフリダスとファファフォノが前向きな気持ちになれるならこれ以上のことはないと思うのに、なぜか少し不安がある。
でも人がいる限り希望もあるというのはその通りで、良い方向へ向かう道が増える可能性も高くなるのだと考えることにする。
「あ、そうそう、このモモディ宛の手紙を、ウルダハのモモディに持っていってちょうだい。私、モモディとは昔なじみなの。モモディなら、冒険者の貴方にぴったりの報酬を用意してくれるはずよ」
シルバーバザーのキキプと、クイックサンドのモモディの繋がりは何だか心強かった。直感的なものだが、二人とも倫理感の基底がまともそうだからだろう。
しばらく立ち寄っていなかったモモディのいるカウンターへ向かい、彼女に預かった手紙を差し出した。
「あら、わたしに届け物? 何かしら」
手紙に始まり、手紙に終わる出来事だった。ここに住んでいる人達の繋がりをもっと知りたいなと思う。
「キキプからじゃない、珍しいわね。内容は…ふふっ、彼女らしいわね。まだシルバーバザーに活気があったころ、彼女のところへよく遊びに行ったわ。当時は一緒に、夜通し恋話をしたものよ。キキプといったら、シルバーバザーの看板娘って、このウルダハでも評判だったんだから」
いいなぁ、そういう昔話をもっと聞きたいです。
「それにしても、強制立ち退きを迫るなんて…。まったく、強引なやり方をする人達がいるのね。あなたが助けてくれてよかった。でも、わたしは何も心配なんてしてないわ。彼女のいるシルバーバザーだもの、きっと盛り返すに違いないわ。キキプとシルバーバザーを守ってくれてありがとう。わたしからもお礼をさせてちょうだい!」
モモディはカッパーリング、ボーンリング、アラグ銅貨の中から好きなものを選ばせてくれた。リングは二つともいつの間にか所持していたので、初めて銅貨を選択した。
アラグ銅貨は古代アラグ帝国時代の旧ギル貨幣で、銅で鋳造された硬貨である。貨幣としては使えず、換金用アイテムとしてあるらしい。古銭というものか。アンティークとしてコレクションするものでもないようだから、貯まってからどうするか考えよう。