寄り道(7)父と子
寄り道:Lv7.羅針盤の修理
迷惑な作業員のいなくなった桟橋に行って、海の景色を眺める。それほど遠くなさそうな距離に不思議なシルエットが見えた。エオルゼアで目が覚める直前に見た巨大なクリスタルの形に似ている。機械仕掛けの建造物のようだが。
「ねえねえ、あんた冒険者だろ? 俺の父ちゃん、なんとかしてくれよー!」
先ほど見かけたダニェルが声をかけてきた。
「俺の父ちゃん、漁師のくせに、羅針盤が壊れたからって言って、漁に全然行かなくなっちゃったんだ。その羅針盤は、名店エシュテムの特製品だから特別磁力の強い天然磁石がないと直せないんだって」
天然磁石は灯台の近くで採れるが、磁力のせいでアーススプライトが集まりやすく、自分では取ってこられないから代わりに取ってきてほしいという依頼だ。
「3つくらいあれば、羅針盤を治せると思う。天然磁石は父ちゃん…ガルフリダスに渡して。どうせ集落の入口でぶらぶらしてる、すぐ見つかるよ。」
あの先延ばし漁師さんか…。私は天然磁石取ってきた。徐々に討伐にも慣れてきた気がする。
広場のガルフリダスに声をかけるとまだやさぐれていた。息子さんの方がしっかりしているように思える。
「ケッ、なんだよ…。漁なら行かねぇぞ、船を出そうっつったって、エシュテム特製の羅針盤が壊れてるんだからな」
エシュテムは高級宝飾店らしいから修理にも費用がかかりそうだし、買いなおすのも難しいだろう。漁に出ていないなら、収入もなく蓄えを食い潰している状態かもしれない。
もしくは、漁に行きたくない理由を守っているだけの可能性もある。
磁力を帯びた天然の石を渡すと、ガルフリダスは首を傾げた。
「天然磁石だ? ダニェルがお前に頼んだのか。へっ、羅針盤を直して漁に行けってことかい。…羅針盤が直ったところで、しみったれた小舟じゃあ、漁に出ても小銭稼ぎにしかなんねぇよ」
羅針盤の次は、舟の小ささを理由にするわけだな。
「あーあ、羅針盤が壊れる前の港は良かったよ。多くの船がこの港に寄港し、多くの富が行き交っていた。想像できるか? この港は夢のように輝いていたんだ。だが、大型船が主流となった今、小型船しか停泊できないシルバーバザーの港は、壊れた羅針盤みたいに、進むべき方向を見失っちまった」
なるほど…小型船では物流規模の変化についていけなくなってしまったのか…。物流の一翼を担っていた自負があると、第一次産業である漁業に従事するのではあまり富を感じられないのかもな…。
「…俺も同じか。大事な羅針盤が壊れて、俺の心も折れちまった。息子にまで心配かけて…情けねぇ父ちゃんだぜ」
話しているうちにガルフリダスは、自分がいじけていることを自覚したようだった。
寄り道:Lv8.直る物と直らぬ物
「…石を持ってきてもらって悪いんだがよ 羅針盤を直しても、まだ船は出せねえんだ。なにしろ漁に使う黄銅製のルアーがねえからな。北東で野営している、盗賊のゴブリン・マガーに襲われて、何十個もあったルアーを全部取られちまったんだ…」
後ろ向きな気分の時に不運に見舞われると、もう全部どうでもいいって気分になっただろうね…。
「でも、アーススプライトを倒せるあんたなら黄銅製のルアーを取り返せるかもしれねぇ。2個ばかし取り返してくれたら、なんとか漁ができるはずだ。俺が真人間になるためにも…協力してくれねえか?」
立ち直りたがっている人の手伝いができるのは嬉しい。二個と言わず盗まれた分を全部取り戻してあげたいところだ。
金槌台地のなかほどに北向きに少し迫り出している土地があり、その部分がゴブリン・マガーの小さな野営地だった。大きなリュックを背負っていて、顔を覆うマスクをつけている。強そうで身構えていたのだが、意外とすんなり目的の物を得ることができた。
しかし黄銅製のルアーはボロボロになっていた。
「黄銅製のルアーを2個だ。息子のダニェルを安心させるためにも、頼むぜ」
待ち構えていたガルフリダスにそれを渡すのを躊躇してしまう。またやさぐれてしまうのではないか。
「黄銅製のルアーを取り返したのか! …はは、まさか本当に戻ってくるなんてな。ああ…でも、だめだこりゃ。どっちもボロッボロ、これは直しようがねぇぜ…」
がっかりした声を聞くと心が痛む。
「…ナル神さまが言っているのかもしれねぇな。直した羅針盤で、新天地を探せ…ってさ。俺が生まれ育ったシルバーバザーだが…地上げ屋にでも土地を売って、その金で引越してさ、新天地で仕事を見つけるってのも、いいのかもなぁ…」
暗がりでよく見えないが、ガルフリダスが遠い目をしているような気がする。
一瞬でも希望に胸弾ませた人の気持ちが萎むのを見るのは堪える。会ったばかりの特に親しくもない関係だが、私はそういう光景を見たくない。
もう一度話しかけると、ガルフリダスは前に言っていたことと同じ台詞を言う。
「今日は…漁にはでねぇよ。明日になったらまた考えるさ、明日になったらな」
踏ん張ろうとするたびに心を折られていたことを知れば、責めたり揶揄したりできなくなる。
もしかしたら、ルアーを奪われたのも地上げ屋の差し金だったのではないか?と疑念が浮かんだ。
ダニェルが望む結果にもならなかった。気がかりで再び桟橋の方へ向かった。
「この港は静かだろう? 入ってくる船も出ていく船もほとんどないんだ。俺が生まれたころは、桟橋に係留できないくらい船が来てたんだって。とてもそんな風に見えないんだけど、本当かな?」
現実の私の故郷も、私の生まれるずっと前に採掘で栄えた町だったので、なんだかひどく沁みる。実家は産業とはあまり関わりのない仕事をしていたので受ける影響も少なかったが、もし当時採掘業に関わっていたらその衰退は家計を直撃していただろう。
そう言えばダニェルからもガルフリダスからも、母親や妻の存在が窺えない。父一人子一人なのだろうか。
どうかこの家族に善いことが起きてほしい。