エオルゼア社会科見学旅行

2022年7月初めてエオルゼアの地に降り立ちました

成功の表と裏

青年実業家の脹脛

Lv9.成功の表と裏

 夜のブラックブラッシュ停留所で、ヅヅメダから「やあ、あんたが噂の冒険者だね」と声をかけられた。噂になるほどの何かをした覚えがないが、この辺りをうろうろしているから顔を覚えられたのかもしれない。

「あんたに面白い最新情報があるぜ」

 商人が容易に情報を教えてくれるものだろうか。

 ここから南西にあるシラディハ遺跡で、新しい銀の鉱脈が出たという噂があるという。この噂をアマジナ鉱山社が知る前に、貧民上がりの青年実業家ウィスタンが目をつけた。採掘権を買い取れば、かなり大儲けできるだろう。

 ヅヅメダはこんな話を何故私にするのだろう。噂から始まる真の儲け話があるのか知らない。

「だが、ウィスタンって奴はなかなか面白いやつでな、その利益で商取引法を改正するつもりらしいぜ。ウルダハの法律は、王宮のご意見役であるナル・ザル教団の司教たちが策定していてね。だから、教団に莫大な献金をすれば口が出せるんだ」

 獣人排斥令に商人が関わっている件での疑問が解けた。教団が法の策定に関与しているのは国の在り方としてわかるけれども、献金額で他の者も口出しができるのであれば、教義の根幹が揺るがされたりしないのだろうか。信者救済の一点張りですべてが罷り通りそうな気もする。ウルダハの政体、恐ろしいな

「そんで今の商取引法は、ロロリト会長の献金によって、 彼の東アルデナード商会に有利な内容になっている。ウィスタンは、この不公平な法律を変えようってワケさ」

 捻れた権力に対抗する気概を持つ商人もいるのに驚く。一時的でも献金額で強者を圧倒できる可能性があるなら、希望はなくはないのか?

「おっと、少し話がそれちまったな。とにかくウィスタンは、噂の銀脈に調査団を派遣するらしい。そんで、その調査団を護衛してくれる実力者を、酒房コッファー&コフィンで募集してるって話だ。あんた、ウォーリンが認めた奴なんだろう? 酒房コッファー&コフィンに向かって、護衛役を買って出てみちゃどうだい?」

 なんとまだ調査団を派遣していなかったらしい。もうこの時点でアマジナ鉱山社や大物らしいロロリト会長が先に動いているのではないかと思う。

 けれども、気概あるウィスタンという人に会ってみたくて酒房へ向かった。

 

 ウィスタンは、店でテーブルにつくでもなく佇んでいた。胸元の開いた服を着ているが、どちらかと言えば文学青年のような雰囲気を持っている。

 彼が眼鏡をかけていて、ちょっとテンションが上がった。この世界で、こんなに普通の、ギミックのなさそうな眼鏡をかけている人がいるのか。フレームは細くテンプルつきで、蝶番もあるようだから折りたためるところまで進歩している。

 きっとそれなりに耐久性もあるのだろう。経済界の大物に対抗しようというくらいなので、既にかなりの稼ぎがあるに違いない。このタイプの眼鏡はまだ高価そうな気がする。

 眼鏡にばかり注目してしまった私に、ウィスタンは申し訳なさそうに言った。

「護衛に立候補しにきてくれたのかい? すまないもう募集は締め切ってしまったんだ。銅刃団の人たちが護衛に名乗り出てくれてね、ついさっき調査団と共に遺跡に向かったんだよ。しかし、君に手ぶらで帰させてしまうのは悪い、仕事をひとつ受けてくれないかい?」

 気を遣ってくれる人がみんな良い人に見える。だがこの人は良い人すぎないか。銅刃団と聞いて嫌な予感は強くなる。

「僕がここにいるのを知った貧民の子どもたちが、外まで付いてきてしまったみたいなんだ。でも、この辺は魔物もいるし危険だ。彼らにこの可愛いジンジャークッキーを配って、家に帰るよう説得してきてほしいんだ、頼んだよ」

 知り合いの子どもたちなのだろうか。私は素直にそのクッキーを預かった。

 店を出ると、階段の下に三人、バルコニーに一人、普段こんなところでは見かけない子どもたちがいた。

 ヒューラン族らしい少年に声をかけると、「帰れって言われても嫌だよ! お腹が空いてるし、もう動けないよーだ」と駄々をこねる。そこでクッキーを手渡した。

 それはとんがり帽子を被った人形のような形の可愛いジンジャークッキーだった。こちらの世界では定番のジャンジャークッキー用の型なのだろうか。驚いたことに、このクッキーはウィスタンお手製なのである。手作り! 手作り!?

「わわっ! クッキーだ!! しっかたないなー今日のところは帰ってあげる!」

 ララフェル族らしい子どもは「ウィスタンはね、いつも遊んでくれるんだ! だから今日もね、きっと遊んでくれるんだから!」と言う。私はなんだかここでもう泣けてきてしまった。

 ウィスタン手作りの可愛いジンジャークッキーを渡すと、「わー! すごいね、おいしそう! これ弟にも分けてあげたいから、お家に帰るね!」と喜んですぐに駆け出して行った。

 その隣にいたララフェル族の子どもはもう少し年長らしく、「俺たちのこと理解してくれるのはウィスタンだけだ。だから、いいからウィスタンに会わせてよ」と言う。

 幼い頃は遊んでくれるだけだった人が、物心ついて自分を理解してくれる存在になっていく。

おいしそう。ウィスタンに、ありがとう、ごめんねって伝えて。僕たち、気をつけてお家に帰るから」

 クッキーを受け取って、貧しい子どもはそう言った。賢い子だね

 バルコニーに残っていたヒューラン族の少女は「ウィスタンお兄ちゃんと遊びたいの。一緒にいればね、いじめられないの」と訴える。 クッキーを渡すと、「ウィスタンお兄ちゃんが困ってるの? 私おりこうだから、お母さんの所に帰るね」と聞き分けて去った。

 みんなウィスタンと会いたいし遊びたいけれど、それ以上にウィスタンを困らせたくないのだ。

手作りのクッキー!

 

 店内に戻り、子どもたちが帰ったことを伝える。

「御苦労さま、ありがとう」

 ウィスタンは微笑んだ。

僕も昔は、彼らみたいな貧民の子だったんだ。学びの機会も、就業の機会も奪われ、迫害される身分彼らの気持ちは、痛いほどよくわかるよ。だから、彼らが生きやすい世の中を作ることが、僕の商売人としての目標なんだ

 そんな境遇からいったいどうやって実業家として身を立てたのだろう。そういう道をあの貧しい子どもたちのためにも整備できたらいいのに。

僕は今ね、彼らみたいな貧しい人たちと協力して、新しい事業を始めたいと思っているんだ。銀脈の採掘権が買えれば、採掘と精錬、そして彫金と、たくさんの働き口が生まれる。仕事さえあれば、貧しさから抜け出せる!

 ウィスタンの目には強い光があり、口調はひたむきだ。

「東アルデナード商会に所属していない僕なら、商会の顔色をうかがう必要もないからね。安値で製品を売れば、事業は成功するはずさ。僕は、金持ちの商人だけが得をするような商売ではなく、みんなが幸せになれるような商売がしたいんだ」

 安値で売れば、みんなが幸せになれたらどんなにいいかと思う。『みんな』が平等にちょっとずつ幸せになるならウィスタンのやり方が合っているのかもしれない。でも、ちょっとの幸せを既に得ている人はもうそれだけでは満足できないだろうし、幸せの目減りを感じるのではないか。みんなの中の誰かのために他の誰かが我慢するのを受け入れられる人がどのくらいいるだろう。

「調査団が、すばらしい鉱脈を見つけました! ウィスタン様も見に行きませんか?」

 見上げるほど背の高い銅刃団衛兵が店に入ってきて言った。共にいる衛兵仲間と揃って、目元を覆っていて口元しか見えない。

「本当か! すばらしい! それではさっそく向かうことにしよう!」

 ウィスタンは衛兵を見上げ、興奮して言った。そして私も誘ってくれる。

「そうだ、君も商売の歴史が変わる瞬間を見たいなら、 シラディハ遺跡に来るといいよ!」

 銅刃団と言えば、砂蠍衆などの富豪の息がかかっていると聞くのに、商会に属していないウィスタンは知らないのか。それとも銅刃団の援助者に名を連ねているのか? ハラハラと心配しているのは私ばかりだ。

 ウィスタンは何の憂いもなく衛兵たちと酒房を出て行った。

 気になるのですぐに追いかける。

 

 シラディハ遺跡はスートクリーク下流にある。オロボンを捕った川を下って滝が落ちる先だ。

 きらきらした石を抱えて歩き回る、ファンシーなぬいぐるみのような黒い生き物がたくさんいた。

 崖下へ通じる坂を降り、川岸に立つと、広くはない川向こうに巨大な石造建築の名残りが視界一杯に見える。地形の隆起で崩壊したのか、霊災の被害を受けたのか。自然石と加工された石材の欠片がごろごろ転がっていた。崖にめり込んでいるようにも見えて、のちに掘り出された一部分のようにも感じる。

 歩いて渡れる浅い川に面して十段ほどの石階段がある。その中央は抉られ窪んだ坂になっていた。その途中に仁王立ちする銅刃団の衛兵がいる。おそらく酒房にウィスタンを呼びに来た身長の高い衛兵だ。

対決の場所

 その足下に片膝をついて屈むウィスタンが見える。オーロラ状に輝いているのでとても目立つ。階段上から二人の衛兵がウィスタンを見下ろしていた。ボスの後ろに控える手下といった構図だ。

「バカな奴らめ。今更、シラディハ遺跡から銀が出ると思ってんのか? 貧民上がりは、学が無くて困っちゃうねぇ! 砂蠍衆への挨拶もなく、ウルダハで商売しようなんざ、許されねえんだよ!」

 金と権力を笠に着て気持ち良さそうなのがわかっちゃうねぇ!

 やっぱり砂蠍衆が絡んでるじゃないか

「砂蠍衆だと? くっロロリトの手先か

 本当にウィスタンはここに至るまで疑いもしなかった様子だ。 大きな衛兵が「観念するんだな!」と声を上げると、背後の衛兵が刃を抜いた。

 浅いとはいえ、私の身体では膝の高さほどの水深があり、川を渡るのは難儀する。ウィスタンのそばへ近づくと、彼も手や足を水に浸していた。下にいる衛兵の足元に一人倒れている。ウィスタンもどこかに傷を負ったのかもしれない。

「何者だ!? そうか、貴様も、この男の仲間だな? へっ、こうなりゃ、まとめて葬ってやるぜ」

 そう言ってこの衛兵も刃を向けてくる。私も抜刀した。

 

「示せ、創世の理の嘆き声よ。

 物世に有りし石棺に偽魂を宿さん

 為せ、真理の偶像よ!」

 岩陰に呪文のような言葉を紡ぐ黒衣の男の姿があった。仮面の黒い仮面の下の顎が小さく上下する。

「な、なんだ!? 何の声だ!?」

 銅刃団の衛兵は顔を左右に向け、声の主を探している。すると地面が揺れ出した。地鳴りは大きくなっていく。剣を構えた私の後方へ、ウィスタンが後退る気配がある。

 突然、あたりに転がっていた大小の岩石が浮き上がり、宙で形を成し始めた。

「こ、こんな化け物のことは聞いてねぇぞ! ロロリト様まさか俺たちまで始末する気なのか!? くそっ!」

 衛兵は叫び、仲間と共に逃げ去った。

 胴体の隙間から見えるオレンジ色の光は動力源だろうか。そういえば衛兵たちのそばの巨石に同じ光を宿しているものがあった。黒衣の男はロロリトに協力しているのか?

 集まった岩石は両手両足を形成し、逞しい胴の上では両目が光っている。クレイゴーレムだ。

 大きな泥人形を相手に、私は一人で戦った。

「ほう、なかなかやるな

 しかし、これはどうかな?」

 範囲攻撃をちょこまかと避けるうちに、なんとなく動き方が掴めてきた。

「まさか・・・・・・!? 石人形が押されているというのか!?」

 やっぱり対象が一体だとやりやすい。それでも素早く、とはいかない。やっと倒す。

 golemは土から作った伝説上の巨人の意味を持ち、それに加えられたclayは粘土という材質を限定するためのものなのだろうか。久しぶりに英和辞書を引くと、詩語として、神が土で人を作ったという聖書の記述に由来する肉体という意味があることを知った。黒衣の男は聖書で言うところの神のような位置にあるのかしら?

 私は対岸に戻り、辺りを見回している。ウィスタンはまだ地面に片膝をついて肩で息をしていた。

「なんだヤツの力は

 それに、あの剣術士。

 ただの冒険者ではないようだな。

 石人形ごときでは通じぬというのか

 黒衣の男は遺跡の上で姿を現わした。 だが、その気配を察知した私が振り向いた瞬間にはもう掻き消えている。

 坂を駆け降りてくる足音があり、見るとササガン大王樹の下で出会った手練れらしき優男さんだった。

「チッ、取り逃がしたか

 彼は黒衣の男に気づいていたようだ。

「やあ、また会ったね。なかなかの腕前じゃないか」

 私の拙い戦いぶりも見ていたらしい。崖の上で戦闘に気づいて駆けつけでもしたのだろうか。優男さんを見ていると、唐突に、眩暈の前触れの時のように額を押さえて頭を支えたくなってしまい、視界が真っ白になった。

 

 四隅が暗い、まるで映写機の映像のように少し色褪せた景色が眼前にあった。

 見慣れたウルダハの街のようだ。国旗がそうだし、サンシルクの看板も見える。その店の前を、手練れらしき優男が二人の女性と連れ立って歩いていた。サンクレッドと名乗り、「詩人の私が、君の美しさの前には言葉も出ない」などと言っている。今とは肩書きが異なるようだ。

「君の前には、ウルダハの歌姫も顔負けだよ」

「もう、上手なんだから!」

 快活な女性は腰を軽く折って笑う。でもサンクレッドを見る表情は蠱惑的だ。詩人はその視線と見つめ合うことはなく、今度はもう一方の女性に詩人らしい言葉をかけた。彼女も嬉しそうな笑顔になる。

 詩人の表情は柔らかい。でも彼の聴覚や視覚は、花のような女性には集中していない。道で立ち話をする商人たちの会話を聞くと、注意はそちらへ向くのだ。

 日焼けした商人 が「またキャラバンが、アマルジャ族に襲われたらしい」と話している。詩人は完全に彼らの方へ身体を向けた。

「交易路にも影響が出てるそうじゃないか。いくらなんでも、ここ最近多すぎるぜ」

 忙しそうな商人もアマルジャ族の襲撃について心配があったようだ。サンクレッドはこれを聞いて眉を顰め、そして不安げな表情になる。

「確かに最近、奴ら目立つ動きをしている。アマルジャ族め、まさか蛮神を呼ぶつもりか!? 蛮神なんて存在、信じたくはないが、注意するに越したことはないな」

「お兄さん、どうかしたの?」

 快活な女性が聞き、積極的な女性は「はやく行きましょう! クイックサンドでお食事しましょうよ!」 と手を振る。

 足を止めていたサンクレッド は二人に追いつき、肩をすくめて「何でもないさ」と軽快な口調で言い、「ウルダハの、どの辺りに住んでるの?」などと尋ねた。さっき出会ったばかりの関係か。

 彼女たちの背に腕を回そうとして、積極的な女性がくるりと翻りサンクレッドの左腕から抜け出す様子を、私は三人の後ろから見ている。

 暗転と映像の歪みを挟んで、景色は再びウルダハの街だ。サンクレッドが一人で歩いている。ルビーロードだろうか。

「また穀物が値上がりしているのか。商人たちの言い分では、各地で、原因不明の凶作が続いているというが

 サンクレッドの見上げる昼の空には、禍々しく赤い卵細胞のような丸いものが浮かんでいる。太陽ではない。雲より低い高度にあるのだ。

「月の衛星ダラガブに異変があってから、確実に大地に影響がでている。大地を流れるエーテルの力が弱まり、土が痩せはじめているんだ。だから、本来は生まれないはずの存在、蛮神が生まれてしまった

 エーテルが弱化すると、アマルジャ族が蛮神を呼ぶのだろうか。

「ゆっくりしては、いられないな。滅亡から逃れる希望は必ずあるはずだ。それを信じて活動するのがシャーレアン生まれの、私たちの努めなのだから

 そして再び暗転。

 今度はアルダネス聖櫃堂である。サンクレッドは、現在よく腕につけている仮面型の機械を顔につけていた。両目の位置に凹凸のあるレンズ、鼻と口は機械に覆われていて、額の上にメーターのような装置がついている。

 シリアスな雰囲気だけれど、よくよく注目するとおもしろおじさんというか、パーティーグッズを思い起こさせた。

「こんな機械で、エーテルを視覚できるようになるなんて。シャーレアンの技術もたいしたものだな」

 サンクレッドは頭から機械を外し、神像の前で静かに跪いた後、踵を返して堂を出て行く。

「さてと。いつまでも、チャラチャラしてはいられないな。 暁のみんなは、私が守らなくては。おっと、なかなか癖が抜けないな。俺が守るんだ!こうか」

 意気込みと共に掌に拳を打ちつけて気合を入れていた。女性たちと笑い合っていたあたりのふるまいことだろうか。私が出会ったサンクレッドもいかにも優男風の口調だったが、本性ではないのかもしれない。

 口調でふるまいが変わるのだ。しかも癖になるほど身についたものらしい。情報収集のために偽装してそれほど長いのか。

 堂の出入り口から左手を見て、サンクレッドは何かに気づいたようだ。もう一度頭に機械を装着する。スイッチを入れると電波を受信するような音がした。

エーテルの流れが乱れてる。この波形からすると、そう時間は経っていないか。こっちはササガン大王樹の方向。何が起きているんだ?」

 そう言って仮面をつけたまま走りだした。

 

 目が覚めると私は川岸の土の上で仰向けになっていた。起き上がって見ると、あたりには労働者風の人たちが数名、疲れきった様子で地面に座り込んでいる。銅刃団と先行していたという調査団の人たちか。そのなかに、ウィスタンとサンクレッドもいた。

「こっぴどくやられたもんだ。立てるか?」

 それを合図にウィスタンと他の人もやっとという体で腰を上げる。サンクレッドは右耳に手を当て、誰かと会話を始めた。

「俺だ。すまない、逃げられてしまったよ。局長が? 了解だ」

 通信を切り、サンクレッドは手練れらしき優男として、私を振り向いた。その隣で、ウィスタンが左の脇腹を押さえているのが気になる。

「禍々しいエーテルの気配を辿ってきてみれば、また君と出会うなんて。偶然それとも、運命かな?」

 相変わらずチャラチャラしているような気はするが、ここで本性を出すようでは潜入任務に向かないだろう。最後に見た映像は、もしかしたらササガン大王樹で会う直前の出来事だったのかもしれない。

「近頃のウルダハは、何かとキナ臭いんだ。王家に弓引く者たちに、何者かが、異形の力をあたえているようでね。ウルダハの実質的な支配者・砂蠍衆。その一人、東アルデナード商会会長、ロロリト。彼が暗躍していることは間違いないだろう」

 ロロリトという人物が黒衣の男と通じているなら、ウィスタンはいよいよ危険な立場に置かれたのじゃないか。ロロリトに有利な現行の法に手を出そうとすれば、こういう目に遭うと直接宣告されただけでは収まらない。実刑をくだされたと受け取れる。

 ウィスタンは私に「ありがとう、助かったよ。君がいなければ、どうなっていたことか」と言った。

君に頼みたいことがあるんだ。あとで、酒房コッファー&コフィンに来てくれないか。迷惑をかけた上に申し訳ないが、このとおりだ頼むよ

 私は頷いた。気にせんでくれ、と思う。乗りかかった船なので別に構わないが、ウィスタンはまだこの辺をうろうろしていても大丈夫なのか。

 サンクレッドは、調査団の面々を示して「俺は、彼らを連れて戻る。いろいろ話も聞きたいしね」と言った。

「自己紹介がまだだったね。私っと、俺はサンクレッド。この辺りのエーテルの流れを調査している博物学者だ。よろしくな!」

 そうして私を残し、みんなで崖の上に戻ろうとして、サンクレッドはふと足を止めた。訝しむような深刻そうな眼差しで「君は、もしかして。いやなんでもない」と私を見る。しかしすぐに表情を緩めた。

「また会おう!」

 私は彼らの背中を見送った。

 初めてシラディハ遺跡に来たので、もう少し散策してみる。ぬいぐるみのようなモンスターたちは攻撃してこないので、ゆっくり遺跡にのぼったり残骸の隙間に入ったりした。

 

 酒房に入ると、ウィスタンはまた立って待っていた。

やあ。さっきは危ないところをありがとう。君は、僕と護衛たちの命の恩人だよ。まさか銅刃団が裏切るだなんて思っていなくてね。まったく、僕が浅はかだったよ」

 『裏切るだなんて思っていなくて』??

「銅刃団に活動資金を提供しているのは、財界の重鎮・ロロリトだ。おそらく、ロロリトが銅刃団に指示を出したんだろう。自分の商いの邪魔になる僕を消すようにね」

 本当に知らんかったのか。こういう青年のことを青いというのだろうなあ。

「ロロリトは本気で本気で僕を消すつもりだったんだろう。しかも、口封じのために銅刃団ごと

 彼は本当に、ロロリトがここまでやる人物だとは思っていなかったようだ。もう少し人の善性に期待していたに違いない。貧民上がりでも拗けていないのは、成長の過程で何かしら善いものに巡り合えていたからかもしれない。

もう、この地で僕が商売をするのは無理だろう。 今後は身を隠し、新たな生き方を探すよ。僕に関わったことで、君もロロリトに目をつけられたかもしれない。このままじゃあ、君の身も危険だ」

 身を隠さねばと自覚していて、私のことにも気を回している。

「そうだなウルダハのモモディなら、こちらの悪いようにはしないはずだ。銅刃団と砂蠍衆の関係についても詳しい。僕からの最後の依頼だ。君の活躍は秘密裏に使いを立てて、モモディに伝えておく。だから君は、急いでウルダハに帰って彼女と会うんだ」

 こういう根回しや気遣いができるのに、悪意に対しては詰めが甘かったと揶揄することもできる。でも、この世界にはウィスタンが正当に活躍できる場所があるのではないか。そこから貧しい子どもたちに手を差し伸べられる可能性もゼロではないと思う。

「それじゃあ、さよなら。どうか無事にウルダハに戻ってくれ

 ウィスタンこそ無事にウルダハから離れてくれ。いつかまた再会できるように。

ウィスタンの去った後

 

 私は何の妨害もなくウルダハに戻り、クイックサンドのモモディの前にいる。

「活躍は聞いたわよ、大変だったみたいね。あなたが元気に帰ってきてくれて嬉しいわ。それにしても、ウィスタンはとんでもない人に目をつけられちゃったみたいね

 腕を組み、少し険しい顔だ。モモディは、ロロリトが 政治の実権を握る権力者集団・砂蠍衆にも入る超大物だと教えてくれた。

「邪魔な人間は、徹底的に排除しようとするタイプの人。今回の一件の黒幕も、まちがいなくロロリトね。銅刃団はしょせん、砂蠍衆たちが金で雇った傭兵。そしてロロリトは、口封じに彼らを消すことなんて、何とも思わないでしょうね」

 ウルダハという国の残酷な一面をモモディは知っている。

この国はね、明るくて楽しい国よ、本当に。商売に対する挑戦心も大きい人が多いわ。だからこそ、身の振り方を覚えないと、闇に葬り去られる正しいことが、正しく評価されない部分もあるの

 身の振り方を覚えて、闇に葬る側に回る人もいるだろう。

「でもね、わたしはあなたの行いを評価するわ。ウィスタンを助けてくれて、ありがとう。今後も正しい行いを成す冒険者でいてね!」

 モモディはこの国での身の振り方を覚えながら、正しく居ようと踏ん張っている人なのだと思う。

「ロロリトには気をつけなきゃいけない。もっとも、あなたは巻き込まれただけなんだから、変に目立たなければ、狙われることもないでしょう。そうだ、がんばってくれたご褒美に、ここクイックサンドに併設されている宿屋の使用を許可するわ!」

 わあ!ついにモモディが信用してくれたらしい!

冒険者は身体が資本でしょう? 受付にいる彼、オトパ・ポットパに声をかければ、疲れた時にいつでも休めるわよ。もうひとつ、あなたのさらなる活躍に期待して新しい仕事の窓口、ギルドリーヴを紹介するわね」

 身体を休める宿屋を使わせてくれると同時に、仕事も紹介してくれた。

 ギルドリーヴとは、冒険者ギルドに寄せられた依頼を冒険者に紹介し、解決してもらうための仕組みだ。窓口はユースタス。

「あなたなら、厄介な依頼もこなしてくれそうだし、さっそく彼から話を聞いてみたら?」

 いよいよ本格的に冒険者の仲間入りだ。私は喜びのあまり両手を上げて跳ねた。

Quest Complete!