ササガン大王樹の下で
パパシャン所長に縋りつくように頼まれたら否とは言えない。
「助かりますぞ! 早速、話を聞いていただきたい!」
所長は力強く腕を振り、ぴょんと飛び上がりながら訴える。
「先ほど、某家のリリラお嬢様というお方がいらして、この辺りをウロウロフラフラして居られたのですが…。実は、私がチョッッッッと目を離した隙に、行方が解らなくなってしまわれましてな!」
首を横に振って「リリラお嬢様に万が一があれば、私のような者の首は、百回飛んでも許されぬこと! いやいや、万が一もあってはならんことなのです!」と切実に言い募る様子で、リリラというお嬢様が重大な存在だとわかる。
もう何人か冒険者に捜索依頼を出していて、報告を待つ状態ではあるけれど、ここで待つだけの時間に耐えられないのだろう。
「お主も、リリラお嬢様の捜索に、ご助力を願えんだろうか!」
冒険者が通りかかるたびにこうして依頼を重ねているのかもしれない。
捜索の人手は多いに越したことはない、というかそれで所長が安心するのなら協力しよう。
「ありがたい、恩にきますぞ! 何としてでも、リリラお嬢様を見つけ出してくだされ!」
所長は手を叩いて喜んでくれた。
操車庫東南のササガン大王樹方面には、まだ捜索の手がまわっていないので、私はそちらの担当である。
ウルダハ操車庫から南に通じるがらんとした道をしばらく歩く。チョコボ・キャリッジや荷車のために幅をもたせたのか見通しがよく、左手に高台が見えてくる。
地図上ではザル大門が近い。そういえばまだこちらの門から出たことがなかった。操車庫より南へ足を伸ばすのは初めてだ。
左へ折れる踏みならされた道の先に坂があった。台地をくり抜いて作ったような荒々しさだ。坂の上に巨大な樹が聳えているのを知る。
緑がかった光も見える。イベントの気配を察して、先に辺りの散策をすることにした。
大きな樹を見るとテンションが上がる。この樹のための台座のような立派な地形だ。根のはるまわりをぐるりと一周した。
両側に土壁が迫り上がった道をひょいと覗くと、ササガン大王樹の根元に膝をついて首を垂れる小さな姿がある。
「…ササガン様…」
祈っているように見える。声をかけるのは躊躇われて、少し距離をおいて背後に立った。
「これより、インスタンスバトルが開始されます」と言われる。バトルを開始します、ともあったが始まったのは真摯な告白だった。
「ササガン様、申し訳ありません…。わたくしの不徳で、大切なものを奪われてしまいました…」
私の気配を察したのか、ララフェル族のその女性はすっくと立ち上がり、振り返って「誰じゃ!」と厳しく誰何した。しかし、視線は私のさらに後方へ向いている。私も振り返ってみると、白い髪のヒューラン族の男性がこちらへ歩み寄り、立ち止まった。
「探しましたよ、リリラ様。お一人で出歩いては危ないと、何度言ったら、ご分別なさるんです?」
手練れらしき優男はため息をついて遠慮なく言い、やわらかいピンク色のターバンと表着を身につけた彼女の前に立った。身長差がずいぶんあるので、どうしても見下ろす格好だ。
「放っておけ! リリラは一人になりたいのじゃ! あっちへ行け!」
我儘な良家の子女、箱入り娘といった口調で、従者にそれを責められている図に見える。
私は二人の視界に入っていないかのごとく傍観しているだけだった。
「そうはいきません。このところ物騒ですからね。それに、ここのエーテルは乱れています。嫌な感じがするのです」
この世界でのエーテルの乱れや嫌な感じというのが、肌感覚でわからない。ただ、普段の世界で生きていて、ある土地の雰囲気や場所の空気、なんとも具体的には説明しづらい直感的なものがあることや、それを避けたい気持ちは体験しているので想像ができる。
心底から忌避したいという思いの滲む口調で言った彼は、一息おいてリリラをなだめる調子になった。
「さぁ、帰りましょう。皆、心配していますよ」
そうして背後の私へ向き直り、「君は所長が言っていた冒険者だな? ご苦労だったな」と言った。
パパシャン所長に近い部下といった立ち位置なのだろうか。
「リリラ様は、このとおりヤンチャでね。俺も所長も、よく苦労をかけさせられているんだ。一緒に所長のところへ帰るとしよう。リリラ様を無事保護したと伝えにね」
直後、妙な咆哮が聞こえた。上方から、二本角と尾を生やし骨と皮だけの奇妙で巨大な鳥のようなものがこちらへゆっくり飛んでくる。私たちに向かって一言威嚇を発した。
所謂悪魔の造形に似た体に羽根が生えてしまって、それが体の重量と釣り合わぬようで、羽の付け根から吊り下げられた背中よりつま先がぶらんと垂れ下がっている様が少し滑稽にも見える。
エオルゼアに来て、目にした生物とはまったく異なる種類のものだ。
「やれやれ…。敵の多いお嬢様だよ、まったく」
手練れらしき優男にとって、これは見慣れたものらしかった。忌々しそうに吐き捨てる。厄介な敵なのだろう。
「リリラ様、下がっていてください」
肩越しに言いはしたが、すぐに敵へ視線を戻す。リリラは今度は口答えせず、素直にササガン大王樹の方へ駆けていった。危険を悟った様子だ。
敵の羽音がずっとしている。
「君、手を貸してくれ。やるしかないみたいだぞ!」
選択の余地はなく、私は得体の知れないものと戦うことになった。
こういう戦闘は緊張するし、焦るし、勝手がわからないしで本当に困る。慣れていけばなんとも思わなくなるだろうか。なるといいな。
「リリラ様は下がってくれたな。さて、さっさと片付けるぞ!」
彼は短剣を取り出し、先陣を切った。私も微力ながら加勢する。本当に微力すぎる。ブランガという敵は、さらにレッサー・ブランガという手下のような仲間を呼んだらしい。
「チッ…まだ来るのか!」
二匹も加わり、手練れらしき優男は「俺はデカ物を狙う! そこの小さいやつを任せたぜ!」と役割分担を課してきた。
「君、俺がケアルで回復するから離れないように!」
ケアルって子供の頃よく聞いた呪文!
加勢の二匹を倒した後、二人でブランガに集中していたが、再び手下を呼ばれてしまった。今度は四匹だ。
「やれやれ、また増援とはね…。話し合いで解決したくなってきたよ」
四苦八苦しながらレッサー・ブランガを攻撃し続ける。
「だいぶ弱ってきたな。もう少しだ、たたみかけるぜ!」
最後はブランガを倒し終えた優男さんが手伝ってくれた。ブランガは空から落ちて坂の下にのびている。
手練れらしき優男は溜め息をつくと、樹に隠れているだろうリリラの方へ歩いていった。
再びブランガの落下した方に顔を向けた時、さきほどはなかった青くほの光るものを見つけた。一瞬前には確かになかったものだ。きれいな石というには整いすぎている。
近づいてはみたけれど、拾ったりする勇気は出ない。私の両掌ほどの大きさで、きれいな空色の水晶に見える。目を離せないでいると、なんとそれは浮き上がった。そうして私の方に来て、胸元まで迫った。
私は光る石の輝きを両手で包むようにしてみた。目を伏せたらいつの間にか、始まりの宇宙空間を思い出す場所にいる。乾いたザナラーンの景色は微塵もない。
足元が青く光り、魔法で使いそうな円陣が形作られた。細い正円の下の層に十二の縁飾りのある円、それより直径の小さい六つの丸い空白を含んだ円、その内側に白と透明な二つの正三角形が逆に重なって六芒星を作っている。正三角形の三つの頂点はそれぞれ、六つの丸い円に接していた。
私はその図形の中心にいる。そして白い三角形の頂点の一つに接した円が輝いて、光の柱が出現した。それは光の球となって、上に飛び上がり、闇に開いたアーモンド型の裂け目に飛び込んで一体となった。
その瞬間に飛び散った青い滴を私は浴びた。目を開けると、「聞いて…感じて…考えて…」あの声が聞こえる。相変わらず声の主の姿はない。
轟音が聞こえ、仰向く。いつの間にか雲が白く渦巻いて、中心が赤く燃えるようだ。火球が四方に飛び散っていく。その幻想を見たあとには再び闇と青い光に包まれた。
「…光のクリスタルを手にし者よ」
あの青い水晶のことか。身体が荒削りな紡錘型の大きな青い結晶に引き寄せられる。
星の声を聞く者よ 我が名はハイデリン…
星の秩序を保っていた理(ことわり)は乱れ 世界は今 闇で満ちようとしています
闇はすべてを蝕み すべての生命を奪う存在…
闇に屈せぬ 光の意志を持つ者よ
どうか 星を滅びより救うために あなたの力を…
結晶は小さな欠片を纏いながら浮遊して、私はそれを目で追った。
「光のクリスタルは闇を払う力…世界を巡り 光のクリスタルを手に入れるのです」
結晶はいくつもあった。それらが集まった先に、巨大な結晶が漂う。大きな結晶の周りを小さな結晶が囲んで巡る。
「あなたの戦いが 魔法が 行動が 光のクリスタルを生みだすでしょう それが 光の意志を持つ あなたの力…」
小さな結晶の間をぬって、大きな結晶に近づく。そこで他にも冒険者の姿があることに気がついた。脇をすり抜け、光球のように巨大な結晶へ飛んでいく冒険者もいる。私も光球の一つになってみる。光跡がいくつも重なり交差しながら、大きな結晶を包んだ。
私は結晶の天辺の向こうに見える太陽のような光源を見た。
「光の意志を持つ者よ…どうか あなたの力を…」
囁きを耳にした後、私は地面の上で目を覚ました。起き上がると、「気が付いたかい?」手練れらしき優男の声がした。リリラもいて、二人でササガン大王樹を見上げている。
「…今の魔物は何だったのじゃ?」
「異界ヴォイドに棲むという、妖異の一種です」
「あれが話に聞く妖異…」
リリラは腕を組み考え込む。手練れらしき優男も両腕を組んでいた。
「しかし、こんな化け物を使役するとは、ただの賊ではないようだな」
ブランガは異界から来た妖異だった。単独で行動するものではなく、使役されて我々を襲撃したようだ。ファンタジーって感じだ!
私は元気に立ち上がった。
「ところで、君、大丈夫かい?」
大丈夫ぽいです。二人は私の方へ来て、「エーテルにでも酔ったんだろうか。戦闘のあと、急に倒れたから驚いたよ」と心配してくれた。
私は倒れていた間に見たものの話をした。妖異なんていうものが存在するのだから、私の話も受け入れてもらえるかもしれない。
「なんだって…? 大きなクリスタル…? いったい何の話を…」
優男さんは途惑ったようだが、すぐに表情を緩めた。
「なるほどね…これは、思わぬ収穫だ。いやすまない、こちらの話だよ。私…っと、俺は一足先に帰って、この件を、しかるべきところに報告しなければならない」
しかるべきところ、とはどこだろう。
「冒険者さん。リリラ様のことをお願いします」
「なっ! わら…わたくしは子供ではない! じいのところくらいなら、自分で戻れるわ!」
優男さんの言葉に憤り、リリラはぷんすかしながら操車庫へ戻って行った。
「やれやれ…。本当にヤンチャなお嬢様だ」
彼は苦笑している。やんちゃかもしれないが、無軌道ではなさそうだ。
「では、俺たちも帰るとしようか。君とは、また近いうちに会いそうな気がするよ。それまでしばしのお別れだ」
そう言って彼は立ち去った。一緒に操車庫へ行くのではないらしい。しかるべきところとやらは、パパシャン所長のことではなかった。
せっかく中央ザナラーンの南まで来たので、サゴリー関所にも寄ってみる。ジョヴィアル・ジャイアント二等闘兵は、この関所を抜けて進めば、サゴリー砂漠のある南ザナラーンに出ると教えてくれた。
「この辺りとは比較にならんほど凶暴な魔物がうようよしているからな。まあ、死にたいと言うのなら止めはせんが」
まだザナラーンの西と中央しか知らないので、他の場所にも興味がある。
ウィセンカインド二等闘兵が「この門の先は凶悪なアマルジャどもがうろついている」と止めてくれた。
「悪いことは言わん、命が惜しかったら引き返すんだ」
未熟な冒険者は「奴らに殺されるのがオチ」だそうだ。物騒だ…。
私は回れ右して北へ戻った。
ウルダハ操車庫に着く。ホームの端で、銀冑団員が項垂れている。私がプレッツェルを渡した衛兵とは別の衛兵たちだ。ララフェル族の衛兵から叱られているようにも見える。
リリラは地面に膝を抱えて座っていて、そばにララフェル族の女性が立って声をかけている。女性はプラチナミラージュ受付にいた人の制服と似た服を着ていて、場違いなセクシーさだ。
所長はというと険しい表情で、両腕を腰に当て仁王立ちだ。話しかけると、所長はリリラに言った。
「リリラ様、よくぞご無事で! じいは…じいは…本当に心配いたしましたぞ! お嬢様に何かあったら、もうどうしようかと…。じいの寿命を、どれほど縮めたら気がすむのですか!」
心配しすぎた後にほっとすると、怒ってしまう心理はこの世界でも変わらないらしい。指先を突き上げ、高ぶっている。
「剣を置き、引退してから十五年…。しかしながら、お嬢様をお守りする務めだけは、一日たりとも忘れてはおらぬのですぞ!」
リリラは口元に指を寄せ、視線を落とす。考えなしの遊興気分でフラフラしていたわけではないからだ。
「…じいも知っておろう。私は…責任をとらねばならんのじゃ…」
それを聞いた衛兵たちが一斉に首を横に振った。
「そのことは、お忘れくだされ。じいたちが全て元通りにしてご覧にいれます。お嬢様は、それを待っていてくださればよいのです。このようなことで、お嬢様に万が一があれば、それこそ大事ではすまないのですからな」
責任を感じている事柄の解決を、自分はそこにいるだけで他人がもたらすまで待つしかない苦痛は、所長も先ほど味わったばかりでは?と思う。
「わかった、もうせぬ。じいと約束しよう。…それでよいじゃろう?」
静かな答えに、パパシャン所長は大きく頷いた。それに応じてリリラがカーテシーのような仕草で軽くお辞儀をして去り、その後セクシーな制服の女性も同じお辞儀をしてリリラの後を追う。三名の銀冑団衛兵も後ろに続いた。
ただのお嬢様よりも高貴な挨拶だった。そういえばウルダハは王政だが貴族制はないのかな。
ホームには所長と私だけが残された。
「よく戻ってくださった! 捜索のために雇った冒険者に、お主の向かった辺りで、魔物との戦闘があったと聞きましてな。心配しておったところでしたわい。それにしても、なんとお礼を申し上げたらよいことか! リリラ様を守ってくださって、感謝いたしますぞ!」
私は戦闘に加わったにすぎない。私たちを守ってくれた手練れらしき優男のことを話した。特徴を思い出しつつ、左の二の腕につけていた物体のことも伝えた。あれは、バリ島の神事映像で見た獅子面を連想してしまう。ちょっと怖いのだ。
「…珍妙な機械を持った男性を見たですと? その者ならサンクレッドという賢者でしょうな。以前からウルダハに滞在しておって、なんでも、エーテルにまつわる調査をしておるとか。格好こそ怪しいものの、不審なものではありませぬ」
サンクレッドさん、有名なので知っています。有名人と遭遇してテンションの上がる感覚を味わいました。
「お主のような腕の立つ冒険者が訪れたことを嬉しく思いますぞ。これからも、どうかウルダハ市民の力になってくだされ。よろしく頼みましたぞ!」
まったく腕は立たないけど、頑張りたいです。こちらこそ、よろしくお願いします!