戦場の備え
Lv8.戦場の備え
顔見知りになった酒房店主のロジャーが耳寄りな情報だ、と声を掛けてくれた。
ロジャーはコッファー&コフィンと同じ屋号の旅亭を営んでいたが、霊災でそれを失った人だ。
「…あのときは、ずいぶんと絶望したもんだ。だが歯を食いしばって頑張ってな、こうしてまた店を持つことができたんだ」
このあたりの働き手に評価されていて、メニュー開発に協力しようとか、「あの店でこれが食べてみたい」と思われるような受け入れ方をされている店舗の経営者ってすごいな…。
耳寄りな情報とは、最近のブラックブラッシュ停留所では兵の手が足りていないので、割のいい仕事があるかもしれないぞという内容だった。
早速行って、鉄灯団のウォーリンに声をかけた。
「いいところに来やがったな!」
自警組織・鉄灯団は、ブラックブラッシュ停留所では主に列車の邪魔をする魔物を討伐している。
「ちょいと手が足りなくて、てめーにも仕事、つーか魔物退治を頼みたいんだが…」
ウォーリンはそこで言葉を切って真剣になり、「ひとつだけ確かめておきたいことがある」と言った。
「いくらてめーの繰り出した一撃が重かろうがよ、ペラッペラの装備で身を固めてたら死んじまう。俺が直接、てめーの装備を確かめてやる。そんじゃ、バッキバキに装備を揃えたら声かけてくれよな」
自分の着ている装備にはアイテムレベルというものが設定されている。細かいことはわからないので、とりあえずマイキャラクターの画面でさいきょうを選んでいる。
「…フン、問題ねーようだな。ま、それだけの装備を身につけているなら安心だぜ」
ウォーリンは装備について一家言あるようだった。
「世の中に絶対はねぇ、戦場では万が一ってこともある。ま、腕の立つ冒険者っつーのは結構貴重だからな、つまんねーことで命を落としてほしくねーんだよ。いいか、どんな魔物が相手でも油断をすんじゃねーぞ。…それがわからず、命を落とす仲間が少なくねぇんだよ」
仲間だけでなく、冒険者、戦場に立つ人全般に対する想いが強いのだろう。ウォーリン自身の体験に由来するなら、過酷な事態に多く直面したのに違いない。
彼からスートブラックのアクトンをもらったので、これに着替えた。バルーンスリーブのような袖で可愛げがある。
寄り道:Lv8.言えぬ傷跡
ウォーリンの傍らに立っているエーセルギスから頼まれごとをした。
すぐそこにいる銅刃団のオスベルトが怪我をしているようなので、ハイポーションを買って渡してやってくれないかと言う。
「鉄灯団と銅刃団って、上も違うし警備範囲も違うから、別に特別仲がいいって訳でもないんだけどさ、アイツ友達もいなさそうだし、不憫なのよね。でもアイツ、私が話しかけても無視すんのよ、感じ悪い。怪我は男の勲章なんだから、恥ずかしがる必要ないのにね」
オスベルト…確かに隅っこにいつも一人でいるものな。
私のような赤の他人だったら話せるかも、とエーセルギスは気を遣っている。心配してくれる人に余計な気を遣わせるのはよくないと思う。オスベルトの側に甘えがあるのかもしれないが、昨日今日出会った人のことはよくわからない。
店でハイポーションを購入し、オスベルトに近づくと「あーいたたたたたたっ」という悲鳴が聞こえる。
「この不死身のオスベルト、一生の不覚である…」
少し前に声をかけたときは平気そうだった。その後、戦闘でもあったのだろうか。黙ってハイポーションを差し出すと、オスベルトは当然驚いた。
「俺様の怪我に気付いていたというのだな…。戦場で怪我を負わず、不死身のオスベルトと呼ばれる私が、同僚や鉄灯団の人間に情けない姿を見せるわけにはいくまい」
戦場で負った怪我ではない…?
「正直、痛いのをずっと我慢してたんだけどな…お前のおかげで、邪なる礫に急襲されし我が額を、誰にも知られずに癒せそうである!」
通りすがりの私になら弱みを見せるかも、というエーセルギスの読みは正しかった。傷が治って気をよくしたらしいオスベルトは、感謝と共に生活に役立つ豆知識を授けてくれた。
「俺のように、邪なる礫に額に急襲されないためには…暇つぶしとはいえ、鉱石を真上にぶん投げないことである!」
邪なる礫などと詩的表現で誤魔化してもだめだ。心配してくれていたエーセルギスにごめんなさいしなよ!
ハイポーションを渡す前だったら、彼の足元に投げつけていたかもしれない。いや、そんな勿体無いことはしない。